武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 《世界名詩集大成(全18巻)の<6〜8>ドイツ篇》

 二度の世界大戦を最も過酷で悲劇的な形で体験したドイツの詩人たちへの関心は、やはり戦争体験が、言語の美に残した氷河の爪痕のごとき傷跡。時代の地殻変動を言葉の芯の部分で受け止めざるをえない表現形態が詩であるとするなら、ドイツの鋭敏な感受性は、あの過酷な全体主義へのプロセスをどのように受け止め、どのように表現していったか、そんな関心からこの第3巻を何度繰り返して拾い読みしたことだろう。 (画像は、本体の背表紙を箱入りの状態でスキャンしたもの、40年もたつのでけっこう劣化している)
 勿論、第1巻めのゲーテの古典的な詩編からハイネのロマン主義、多彩な詩人たちの詩集は、とても盛り沢山だし、第2巻めのニーチェからリルケにいたる哲学的ともいえる詩編の数々は、ドイツの近代詩史を飾る代表作を網羅して余すところが無いほど。読書していてドイツ関連の詩が出てき、興味がわいたとき、これらの3巻を参照することにより、可なりの好奇心を満足させることができてきた。このドイツ篇の内容も極めて充実している。フランス篇の4巻ものに決して劣らない。
 ドイツでは、詞華集の編纂が定着しているらしく、第3巻に登場する「深みより」と「揺り動かされた存在」の二つの詞華集が、第二次大戦とその後のドイツの詩人の表現の水準を伝えて、あまりにも痛々しく、そして、何故か、もどかしいと感じることもあった。余りの悲劇ゆえに、ドイツはついに大戦を代表する詩人を生まなかったか、既に体験の深さと幅がありすぎて、詩的言語の限界を超え出てしまうのか、一読者としては一抹の不満を抱えたことをおぼえている。勿論、収録された詩編そのものへの不満ではない。あの時代、良くここまで幅広く編集の目を届かせ、十分に翻訳の作業をこなしえた事、驚くべき成果として高く評価することを忘れてはいけない。この3巻があれば、あの頃はしばらくはドイツ語の詩集を探す必要がなかったように記憶している。
 それにしても、これほどの知性がありながら、何故にあのような悲惨で理不尽な大戦を惹起せざるを得なかったのだろうか、という疑問がまたしても湧き上がる。知性と感性は、戦争防止の薬にはならないことは、百も承知しているつもりだが、それでもなお事実は辛く悲しい。
 ドイツ篇全3巻の目次を引用しておこう。その後、単行の詩集にならなかた素晴らしい詩集が目白押しに並ぶ姿は、いつ見ての壮観、良くぞここまでと感心、そして脱帽するのみ。

第6巻 ドイツ編(1)
詩 集(抄)  ゲーテ手塚富雄訳)
ローマ悲歌(全) ゲーテ(小牧健夫訳)
西東詩集(全) ゲーテ(手塚・井上・片山・奥津訳)
日記帖(全)  ゲーテ(井上正蔵訳)
詩 集(抄)  シラー(小栗孝則訳)
詩 集(全) ヘルダーリン(手塚・片山・谷訳)
夜の讃歌(全) ノヴァーリス斎藤久雄訳)
讃美歌(全) ノヴァーリス(笹沢美明訳)
少年の魔法の角笛(抄) アルニム・ブレンター編(中村正訳)
詩 集(抄) ウーララント(国松孝二訳)
詩 集(抄) アイヒエンドルフ (石丸靜雄訳)
詩 集(抄) プラー テン(川村二郎訳)
歌の本(全)  ハイネ(井上正蔵訳)
新詩集(抄)  ハイネ(井上正蔵訳)
ドイツ冬物語(全) ハイネ(井上正蔵訳)
ロマンツェーロ(抄) ハイネ(井上正蔵訳)
最後の詩集(抄) ハイネ(井上正蔵訳)
霊の年 ヒュルスホーフ(石丸靜雄訳)
レーナウ詩集(抄) レーナウ(実吉捷郎訳)
詩 集(抄) メーリケ(富士川英郎,手塚富雄訳)
サ・イラ!(全) フライリヒラート(井上正蔵訳)
詩 集(抄)  ヴェールト(山崎八郎訳)
詩 集(抄)  ヘツベル(片山敏彦訳)
詩 集(抄)  シュトルム(藤原定訳)
全詩集(抄)   ケラー(堀内明訳)
詩 集(抄) マイヤー(高安国世訳)
【アンソロジー
ドイツ詩史1(井上正蔵

第7巻 ドイツ編(2)
詩 集(全)  ニーチェ(原田義人訳)
時代の書(抄)  ホルツ(竹内英之助訳)
ファンタズス(抄)  ホルツ(竹内英之助訳)
けれども愛は(抄)  デーメル(井上正蔵訳)
女と世界(抄) デーメル(井上正蔵,谷友幸訳)
美しい野蛮な世界(抄) デーメル(円子修平訳)
天上の洒客(抄) モンベルト(吉村博次訳)
紋首台の歌(抄) モルゲンシュテルン(藤原定訳)
手習帖(抄)  ゲオルゲ(生野幸吉訳)
讃歌・巡礼・アルガバル(抄) ゲオルゲ(小川正己訳)
三つの書(抄)  ゲオルゲ(石川道雄訳)
魂の一年(全) ゲオルゲ手塚富雄,富士川英郎,大山定一訳)
生の絨緞(全) ゲオルゲ(高安国世訳)
第七輪(抄)   ゲオルゲ(上村清延訳)
盟約の星(抄)  ゲオルゲ(氷上英広訳)
新らしい国(抄) ゲオルゲ(野村琢一訳)
詩 集(全) ホーフマンスタール(富士英郎訳)
拾遺詩集(抄) ホーフマンスタール(富士川英郎訳)
第一詩集(抄) リルケ(星野慎一訳)
旧詩集(抄) リルケ(星野慎一訳)
形象詩集(抄) リルケ富士川英郎,浅井真男訳)
時祷集(全) リルケ尾崎喜八,富士川英郎,大山定一訳)
新詩集,新詩集別巻(抄) リルケ富士川英郎訳)
鎮魂歌(全)  リルケ富士川英郎訳)
マリアの生涯(全) リルケ手塚富雄
オルフォイスに寄せるソネット(全) リルケ(高安国世訳)
ドゥイノの悲歌(全) リルケ手塚富雄訳)
後期詩集(抄)  リルケ富士川英郎訳)
果樹園附・ヴァレの四行詩 リルケ(片山敏彦訳)
薔 薇(全) リルケ(山崎栄治訳)
【アンゾロジー
ドイツ詩史2(富士川英郎

第8巻 ドイツ編(3)
世界の友(抄)  ヴェルフェル(神保光太郎訳)
孤独者の音楽(抄)  ヘッセ(尾崎喜八訳)
新詩集(全)  ヘッセ(高橋健二訳)
夢の中のセバスチアン(全) トラークル(吉田清,高本研一訳)
詩作集(抄)  トラークル(久保和彦訳)
人類のあけぼの(抄) ピントゥス編(富士川英郎,石川進,高原宏平訳)
つばくらの歌(全) トラー(小出直三郎訳)
詩 集(全)  カロッサ(片山 敏彦訳)
森の空地に照る星(全) カロッサ(片山 敏彦訳)
人生処方詩集(抄) ケストナー(小松太郎訳)
深みより(抄)  グロル編(塚越敏等訳)
静学的詩篇(全)  ベン(浅井真男訳)
別れの手(抄)  レールケ(高橋重臣訳)
詩八十篇(抄)  シュレーダー斎藤久雄訳)
沈黙のこたえ(全) レーマン(神品芳夫訳)
夢 草(抄)   ゴル(浅井真男訳)
とおい幸福ちかく輝き(抄) ベッヒャー(井上正蔵訳)
ひたぶるにわたしは術を愛した(抄) ヴァインヘーバー(小松太郎訳)
迷路の年々(全) ホルトゥーゼン(富士川英郎訳)
詩百篇(抄)   ブレヒト手塚富雄訳)
ゆり動かされた存在(抄) ホルトゥーゼン,ケンプ (高橋英夫他訳)
【アンソロジー
ドイツ詩史3(手塚富雄

 次は、イギリス篇です。世界を標榜する以上、これから先、まだまだ続きます。