武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『太陽のかけら』[原題]KUNGSLEDEN スウェーデン映画 1965年東和配給

 ふとしたきっかけから、古い映画を思い出した。どこの映画館で見たのか思い出せない。このころちょうど太陽の何々という邦題の洋画が、盛んに上映され、それなりに観客を動員していた時代だった。アメリカ映画に見飽きた洋画好きに、イタリアやフランスの映画が目新しく、新鮮だった。そこに登場したのが、当時珍しかったスウェーデンの映画、しかも、宣伝によれば、キャストの女の子がセクシーな美人らしい。見ない理由がないほどだったので、さっそく見に行った。

 予想以上に新鮮な映像にびっくり、サスペンスを絡ませた甘くて苦い青春映画の秀作として、記憶に刻まれた一篇となった。ネット検索という便利な方法で、さっそく調べてみたところ、現在のところビデオでもDVDでも鑑賞は不可能らしいが、監督やスタッフなどデータ的なことはすぐにわかったので次に引用しておこう。

原題 : Kungsleden
製作年 : 1965年
製作国 : スウェーデン
配給 : 東和
監督:Gunnar Hoglund グンナール・ヘグルンド
原作:Bosse Gustafson ボッセ・グスタフソン
脚色:Gunnar Hoglund グンナール・ヘグルンド
   Bosse Gustafson ボッセ・グスタフソン
撮影:Bertil Wiktorsson ベルティル・ビクトルソン
音楽:Karl Erik Welin カール・エリック・ベリン
キャスト
(You):Mathias Henrikson マチアス・ヘンリクソン
(Leni):Maude Adelson マウデ・アデルソン
(Den Andre);Lars Lind ラルス・リンド
(A Germon Tourist);Guy De La Berg ギイ・ド・ラ・ベリィ

 当時はかなりヒットした45回転のサウンドトラック盤と映画パンフレットを入手したので、もう少し詳しく紹介しよう。 (画像は40年以上前のレコードジャケットと映画パンフレット、残っている数はそんなに多くないはず)
 まず、サウンドトラックがヒットした主題曲、レコードのライナーノートによれば、作曲はMichael Hoimミハエル・ホルム、メインのバスクラリネットを吹いているのはRoger Bennetロジャー・ベネットとのこと。哀調を帯びた短調の美しいメロディーが繰り返し映画の中で使われ、雰囲気を盛り上げていたことを覚えている。この映画にとっても、何度も流されるこのBGがなかったら、それほど強く印象には残らなかったのではないかと思えるほど、効果的に使われていた。いい映画にはいい音楽あり、この法則はいつでも成り立つ。

 次に、あらすじ、当時の映画パンフレットは、なぜか、今で言うネタバレなど平気、見ていない人でもある程度中身がわかるほど詳しくストーリを要約していたものだった。したがって、映画パンフレットを手がかりに、何とかあらすじをよみがえらせてみよう。この映画は、目まぐるしく現在と10年前の過去が交錯し、主人公の男を二人称の君と呼び、スウェーデンのクングスレデン「王の散歩道」と呼ばれる自然豊かなトレッキングコースを歩きながら展開する一種のロードムービー。話の途中で腕時計が止まってしまうシーン、女の子のセクシーな肢体、ユダヤ人の娘とドイツ人の登山家暗示するナチの影など、ミステリーを組み立てる小道具が印象に残っている。パンフレットを若干手直しして引用してみよう。

君は今、一人で「王の道」を歩いている。
前にも後ろにも人影一つ見えない。
スウェーデンの北の高地に果てしなく続くこの「王の道」を
君は今、黙々と進んで行く。
失われた恋、若き日の情熱の証を訪ねて・・・。

  十年前にここを歩いた時、君はひとりではなかった。
  すんなり伸びた美しい素足が、君のかたわらで躍っていた。
  眩しかった白いブーツ。
  道端に咲く野の花に頬をよせ、
  「これは何という花」とたずねたあの声も、
  君ははっきりと覚えている。
  黒褐色の長い豊かな髪と沁みいるようなその匂い。
  ユダヤの香油、ミラっていうの」
  レニのすべてが君の身と耳と心に焼きついているのだ。

今、君の前に、レニと初めての夜を過ごした第1の山小屋が、
十年前とそっくり同じ姿でたっている。
山小屋を見て、十年前の夜のことが、鮮やかに君の脳裏に蘇る。

  あの夜、激しく求めながらも、初めての経験ゆえに、おびえためらう君を
  大胆に誘ってレニは言った。
  「なぜ一緒に来たと思ってるの。私がこわいわけじゃないでしょう。」
  君の手には、レニの感触が残っている。
  絶え入るようなレニのあえぎが、耳によみがえる。

夜が明けた。
宿泊者名簿にサインしようとした君は、
そこにレニの名前を発見して息を呑む。
今ここにレニが来ているのだろうか。
「十年たったら」といったあの時の言葉をレニも覚えていたのだろうか。
君は小屋を出ると、ひたすら道を急ぐ、懐かしのレニの姿を求めて・・・。
第2の山小屋にもレニの署名が残っている。
やはり、レニは来ている。

  このテーブルで食事をし、このベッドで眠った。
  十年前、君は前夜の喜びを思い出しながらそっとレニに近寄り
  愛撫の手を差し伸べた。
  だが、レニはそれを何故か冷たく拒んだ。
  君は戸惑い、おずおず尋ねた。
  「ぼくが気に入らなかったのかい」
  レニは吹き出した。とめどもなく笑い続けた。
  あの嘲りに満ちたヒステリックな笑い声。
  十年前の思いもよらない屈辱が、今君の脳裏に鮮やかに蘇る。
次の日も、君は「王の道」をさらに先へと進んでいく。
雨が降り始めた。急に天候が崩れてくる。
霙交じりの冷たい雨が、強い風に乗って容赦なく吹き付けてくる。
気がつくと、いつの間にか時計が止まり、時間がわからなくなっている。
だが、君は気にもかけず、ただレニのことばかり思いつめて歩いて行く。
やっとたどりついた第3の山小屋では、レニの署名は見つからない。
ストーブに手を触れると胸が躍った、温かい。火が残っている。
あらためて小屋の中を見回すと、ただよっているかすかな匂い、
これはレニの髪の匂いではないだえろうか・・・。

  レニは水浴びが好きだった。
  ここへ泊った翌朝も、小屋の前の小川へ泳ぎに行った。
  生まれたままの姿で泳ぎまわり、通りかかった男とは平気で話した。
  軽率な行為を激しく責める君を尻目にレニは服を着るとさっさと散歩に出かけた。
  その日の夜、前にもまして激しく君はレニを求めた。
  だが、レニは力の限り、悲鳴をあげて君に抵抗、君の気持はレニには通じず、
  翌日、レニはここで別れると言い出した
  「いつ乱暴されるか、いつ殺されるか、気が気じゃないんですもの」
  君が止めるのも聞かず、レニは流れの速い渓流を渡りだし、
  君はレニの手をつかんで引き戻そうとしたが、やがて、
  二人の手は離れ、レニは本流に流されてしまう。
  ようやく中州に泳ぎ着いたレニは、君がわざと手を離して
  殺そうとしたとでも思いこんでしまったようだ。
  「私たちうまくいくはずがないわ。十年後ならわからないけど」
  レニのそんな言葉を背にして、君は一人で山をおりたのだった。

それから十年、君は今、その河原にやて来ている。
何ということだろう。君の目の前に、
レニの死体が浮かんでいる。
青いシャツブラウスに短いショーツ、リュックには赤いスカーフ、
レニは、あの時とそっくり同じ服装で溺れている。
「いや、殺されたのかもしれない。誰に、どうして・・・」
混乱した頭の中でそう呟きながら、
それでも、君はレニを河原に葬る。
夢遊病者のように、やっと第4の小屋にたどりついた君は、
一人の男と一緒になる。


どことなく君ににているその男は、南の絶壁を登るのだと言って小屋を出て行った。
男はドイツ人、何故かナチの雰囲気を感じてしまう。
そういえば、レニはユダヤの娘だった。
これは何かの因縁ではないだろうか。
あの男がレニを殺したに違いないと思いつめた君は、
懸命に男を追いかけ、絶壁の途中でやっと男に追いつく。
そして、執拗に問い詰めるが男は君を相手にしない。
「君は病気らしい、ぼくがこのザイルでおろしてあげよう」
しかし、一瞬ザイルが異様に張りつめたかと思うとザイルは切れ、
男は絶叫を残してはるかな谷底へ転落してしまう。
君はやっとしてに降り立ち、あたりを見回すが、男の死体は見当たらない。
雪におおわれた峡谷のところどころに黒い岩肌がのぞいているだけ。


ふと気がつくと止まっていたはずの腕時計が何事もなかったかのように動いている。
つい今しがたの出来事は幻覚だったのだろうか。
レニの水死体を見つけたと思ったのは幻だったのだろうか。
どこまでが現実でどこからが幻なのか、君にはもうわからない。
君は、ただ白々としたもの悲しい思いを胸に抱いて山を降りるばかり。
君は今、青春の幻に別れを告げ、妻と子の待つ現実の世界へ帰って行く。

 見るすべがないので、かなり詳しく思い出しながら、引用してしまった。題名となった「王の散歩道」は、スウェーデンに実在する素晴らしいハイキングロード、日本人にも出かける人がいるようで、美しい写真で紹介しているサイトを見つけた。物語の背景にひろがる息をのむほどに素晴らしい自然が、この映画を最高に引き立てていた。
http://tabiatama.cool.ne.jp/svenska/kebne/singi.htm