武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『近世貸本屋の研究』 長友千代治著 (発行東京堂出版1982/5/30)


 諸外国にも貸本屋が普及した時代があったことがわかったので次に、この国の貸本屋の歴史がどうなっているか調べるのに、格好の本があったので紹介しよう。「近世貸本屋の研究」がそれ、あまり研究がすすんでいない領域でもあり類書に乏しいので、まずこの本に頼るしかない。
 単なる本の貸し借りではなく、何らかの対価を徴収しながら、ビジネスとして書籍を貸し借りするようになるためには、一定の出版物の質量と、潜在的な読者層と、読書を勉強もしくは娯楽として実践できる平和な生活、などが時代背景として必要になる。貸本屋の誕生は、この本によると1600年代の前半、寛永年間の頃と推定されている。つまり、江戸時代以前には、貸本屋はありえなかったということらしい。
 いったん貸本屋が登場すると、出版文化の普及と新しい読者の広がりとともに、貸本屋が商売として普及、貸本業の繁栄に結びついてゆくことになる。地域的にみると、貸本屋の始まりは、伝統文化の都、京都に始まり、商いの都、大阪で拡大、やがて幕府の中心、江戸において繁栄をほこるという発展段階があったようだ。
 この本が素晴らしいのは、第1章で貸本屋の業としての歴史とその実態を記述するにと止まらず、2章において具体的にいくつかの地方の貸本屋の実態を資料的に明らかにして、3章では、昔の読者層と読書のあり方にまで視野を広げているところ。しかも、すべて何らかの資料的な裏付けをもとに展開していること、大変な作業と御苦労の産物であることが分かり、脱帽するのみ。意外にも「イギリスの貸本文化」の内容と似ていることが多く、併せて読むと大変に興味深い。

 特に、真ん中の2章の地方の貸本屋の実態のところが、資料として大変に興味深い。貸本に関しては、読者の側には読んだ記憶以外何も残らず、どうしても貸本屋の記録もしくはその業績を辿る以外に手立てがない。ここでは江戸時代の貸本屋の資料を掘り起こし、リアルな実感を獲得できて素晴らしい。図書館などに寄贈されている資料のようだが、ある処にはあるものなのですね。
 (画像、店舗をもって貸本業を営むだけでなく、お得意先を巡回する行商スタイルの貸本屋さんが多く江戸の街を歩き回っていたらしく、その姿を想像するとほほえましい。)
 最後に、本書の目次を引用しておこう。


Ⅰ近世貸本屋の誕生と機能
 一貸本屋誕生の背景
  1江戸時代の本屋/2古活字印刷と整版印刷/3商業本屋の出現/4大坂における本屋の増加/5取締令にみる出版物の氾濫
 二貸本屋の出現
  1貸本もする行商本屋の出現/2読者の大衆化/3挿画などにみる貸本屋
 三貸本屋の展開
  1貸本屋の進展/2貸本屋の隆盛               
 四貸本屋の機構              
  1貸本の仕入/2貸本の装備・分類/3蔵書の構成/4見料と期間/5紛失、損傷等の対策
 五貸本屋の役割              
  1本の普及と販売/2出版、読書界のリード
   イ洒落本の出版/ロ滑稽本の出版/ハ読本の出版/ニ地方貸本屋の出版             
  3巡廻、文化・文物の普及/4新情報・知識の供給/5娯楽・慰安の提供/6図書館としての役割            
Ⅱ地方貸本屋の実態と特性
 一河内柏原三田家と行商本屋        
  1三田家と書籍資料/2三田家出入本屋の性格/3巡廻の実態/4三田家借り本の実態/5買い求め本と譲渡本/6行商本屋の仕事/7収支決算/8行商水圧の本の値段
 二城ノ崎温泉中限往左衛門と入湯客 
  1資本と中屋甚左衛門/2資本の種類と見料/3貸本営業と読者                
 三尾張鳴海下郷家と風月孫肋         
  1明和人年風月孫前書簡/2新版発行本の見計い/3 指定注文本の納入/4 資本営業の実態/5 書物の修理等/6 書物の値段と決算/7 手紙等の仲介/8 日常の交際
 四尾張大野屋惣八の蔵書内容         
  1貸本屋大野屋惣八/2大惣の蔵書目録/3大惣の蔵書数/4蔵書の分類/5蔵書樹皮の特色/6蔵書目録からみた読書傾向/7大惣の見料
貸本屋の読者・読書
 一庶民の読書生活              
  1考察の方法とねらい/2庶民の読書/3書物の入手(貸本屋)/4読書態度/5書物の取り扱い/6書物の位置
 二軍書の読者           
  1軍書の出版と受容/2軍書製作者の目的/3教訓鑑戒/4娯楽読物/5軍書の置づけ/6個人の読書態と軍書の位置
Ⅳ付載
  1城ノ埼温泉中屋甚左衛門の貸本/2貸本屋の蔵書印/3貸本の広告・注意書/4貸本営業風俗

 本書を理解するためには、若干でもこの国の出版文化の歴史について予備知識があるとわかりやすい。筑波大学付属図書館のサイト内に「日本の出版文化」という、分かりやすいビジュアルな出版文化案内がある。是非、行って見られることをお勧めする。内容は、

日本の出版文化
・はじめに
・写本から版本へ (80Kb gif)
活版印刷の伝来 (40Kb gif )
・近世の出版文化 (150Kb gif)
・文明開化と出版大国(50Kb gif)

となっていて、とても興味深いもの。以下のURLをクリックしてみて。
http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/exhibition/jyousetu/tenji/tenji.2004.html