武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『日本出版文化史』 岡野他家夫著 (発行原書房1981/1/31)


 貸本文化について調べていて、背景の出版文化史が気になって、この「日本出版文化史」にめぐり会った。600ページを超える大部な本だが、記述が資料に基づき具体的で、年表を上段に配置して、下段の三分の二を本文の記述にあてたレイアウトなので、非常に読みやすく分かりやすい。知らなかったことがほとんどなので、新たな知識に触れる喜びとともに、感心しながら楽しく読めた。
 とりわけ、明治以前の時代の序章の内容が珍しく、「百万塔陀羅尼」という冊子が、世界最古の印刷物などと紹介されると、ついつい引き込まれてしまう。この序章だけでも十分に読む値打ちがある。興味深い部分なのでこの部分の目次は、特に詳しく紹介しよう。

序の章・文化史にのこる明治以前の出版
 一、日本で出た世界最古の印刷物−「百万塔陀羅尼」の印刷―中国の古版―中国の彩管をうけた出版−「春日版」−「高野版」と「浄土教版」など−五山版
 二、地方で開版の貴重な出版物−泉州堺の出版−その他の地方版−「切支丹版」−吉利支丹版
 三、徳川時代の重要出版物−「伏見版」と「駿河版」−「直江版」−「嵯峨本」−西鶴の「浮世草子」など−馬琴の「読本」など−「薄膜」と「私版」
 四、徳川時代の庶民に読まれた文芸書−民間で出版の文芸書−上方出版の草子(草紙)類−「西鶴本」の主なもの−「八丈字屋本」−滑稽本・読本・洒落本など−黄表紙・合巻ものなど−人情本−俳書と繁昌記など
 五、鎖国時代における海外認識の書−世界地誌・歴史に関する書―紅毛文化の紹介−菌学者の著書−英・米その他諸外国の紹介書
 六、時代に先駆した洋学(蘭学)者の著訳書−南蛮文化−和菌糸文化−蘭学の創始と蘭学者青木昆陽蘭学を学ぶ−「解体新書」出版のいきさつ−隠語の学習書など−闘詩辞書など−科学書など−シーボルトの来朝とペリーの来航−隠語以外の外国語学習書−洋書調所の出版−幕府の洋学施設−菌学者系統略−蕃書調所教授方姓名

 明治以降は、資料も多くなり記述がさらに詳しくなり出版文化を取り巻くテーマも増え、取り上げ方も多彩になる。目次の引用は項目だけにしておこう。

第一章 明治時代前期・(著者中心の啓蒙時代)
 一、維新前後どんなものが出版されたか
 ニ、雑誌の発生と初期の雑誌
 三、弾圧に抗して雑誌は盛んに出た
 四、新旧時代の文芸ものを見る
 五、開化期の先駆的著書や啓蒙的翻訳書など
 六、明治の学生が愛用した英語辞書など
第二章 明治時代中期(出版企業確立、大書肆勃興時代)
 一、雑誌全盛時代に生れた新雑誌
 ニ、「小説神髄」から「吾輩ハ猫デアル」まで
 三、評論された時代思潮と文芸思想
 四、青春の文学−詩と歌と美文と翻訳
 五、学術の進歩と文化の発達を示す著述と時代を反映した出版物
第三章 明治後期から大正前期出版企業確立時代
 一、雑誌の出版は大量生産時代へと移行した
 二、戦争を記念する「肉弾」そのほか
 三、主義思潮の変革期に出版された文学書
 四、全集、全書、辞書、大物出版など
 五、読まれた本、売れた本、印象に残る本
第四章 大正末期から昭和初年(予約物全盛から円本、文庫本の時代)
 一、社会思想物の出版
 ニ、予約物の全盛と円本氾濫
 三、文庫本の続出
 四、世評を呼んだ文芸書と中間読物など
 五、専門書、学術書、辞典類の名著良書と大出版
 六、講談社時代と戦争前期の雑誌
第五章 昭和時代中期
 一、戦時中にもこんな本が出た
 ニ、戦記ものと、そのベスト・セラーズ
 三、戦時中の推薦図書
第六章 昭和時代後期(終戦後の出版動向)
 一、自由に明け競争に暮れた戦後十年間の出版を見る
 ニ、最近三年間の出版−その回顕と展望
あ と が き
索     引

 調べてみてわかったことだが、出版文化についての本が意外に少ないことに驚いた。出版の歴史に興味のある方は、地味だが充実して内容のしっかりした本なので、図書館で探してみてほしい。