武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『子どもの昭和史・少年マンガの世界Ⅰ・Ⅱ 』 構成米沢嘉博 (発行平凡社1996/3/23〜12/29)


 別冊太陽の<少女マンガの世界>が楽しかったので、この<少年マンガの世界>も併せて紹介することにしよう。こちらも全面的に米沢嘉博さんが協力してできたものらしく、至る所に米沢さんのセンスと言うかマンガ観が色濃く反映しており、そのことがこの二冊のムックを価値あるものにしている。気付いたことを列挙してみよう。
 ①戦後育ちの男の子だったので、<少女マンガの世界>以上に大量の記憶の保存もあり、より濃厚なノスタルジーを感じてすばらしく楽しかった。記憶量が多いだけに、年齢的な偏りと地域的なズレも大きく、全く知らなかった作品が随分あったことを強く認識させられた。欠落部分を補うと言う意味でも読む価値は大きく、この国のマンガ文化の歴史的な厚みがよくわかる。
 ②構成に当たった米沢さんの視野の広さと偏りのなさに、改めて脱帽した。膨大な資料とマンガ読書量があってこその仕事、鋭い読み込みと暖かい眼差しを兼ね備えた稀にみる具眼の人だった。簡潔な解説と軽いノリのコピーが見事、一級のコピーライターでもあったことがよくわかる。懐かしい雑誌や本の表紙を眺めながら、適切なキャプションあってこそ画像が生きてくるとしみじみ感じた。
 ③細かくジャンル分けをして一層明確になってきたことだが、この国の戦後マンガ文化の貪欲ともなりふり構わないとも言える旺盛な表現意欲の素晴らしさ、何でもマンガにしてしまう咀嚼力がすでに戦後初期の頃から健在だったことを知り、マンガの凄さを実感した。
 ④子ども達にとって、テレビがなかった頃の楽しみにしめるマンガの地位がいかに大きかったか、改めて痛感した。辛いときや寂しいとき、いかにマンガに慰められ助けられたことだろう。そして、マンガから世界の仕組みと物語という社会的な因果、モラルと生き方までも自然に教えられていたことに気付いた。
 ⑤マンガの周辺に広がっていた子ども娯楽文化への目配りも行き届いているので、マンガの独自性がいっそう際立つ構成が、実によくできている。マンガを頂点とする周辺文化の広がりと厚みがとらえられていて大変に参考になった。深くて広い戦後マンガ文化を、大きな流れとして知るために、この2冊は格好の入門書になる。
 次に、できるだけ詳しく目次を引用しておこう。

子どもの昭和史・少年マンガの世界I−昭和二十年〜三十五年
 戦後少年マンガ史(上)昭和二十年から三十五年−米沢嘉博
 描き版の時代があって、僕はそこにいた−松本零士
 関西赤本マンガ出版史外伝−中野晴行
 子どもたちに夢と希望を与えたい、そんな一心で描いていた−小松崎茂
赤本マンガからの出発
 『宝島』ショック−戦後ストーリーマンガの始まり
 手塚治虫の赤本−デビューから完成へ
 怪魔物、横行す−SF赤本マンガと新人たち
 密林の大冒険−輸人物ヒーロー第一号ターザン
 東西活劇物事始―赤本ウエスタンと大阪剣劇
 酒井七馬と大野きよし−大阪赤本マンガのベテランたち
 児童マンガ東京発−戦前から戦後へ
 面白くてタメになる娯楽−PTAヘの赤本界からの答え
 オモチャマンガと豆本−駄菓子屋の赤本たち
絵物語の夢の時代
 恐竜境の冒険活劇−『少年王者』と山川惣治
 ジャングルの少年ターザンたち−『少年王者』のヒットに続け
 冒活ヒーロー大登場−『黄金バット』と永松健夫
 原色の魔境にて−『砂漠の魔王』と福島鉄
 メカニカルな未来−空想科学絵物語小松崎茂
 GO! WEST−日本版ホースオペラの進撃
 時代劇の復活と再生−捕物帖からチヤンバラヘ
 円盤とロボットの非日常−空想科学絵物語の世界
 都会の大活劇−探偵小説から探偵絵物語
 格闘熱血絵物語とプロレス−梶原一騎のささやかなデビュー
混乱期の少年誌
 焼け跡の中の笑い−少年雑誌のゆかいなコママンガ
 少年誌再スタート−大手出版社の総合娯楽誌
 戦後の雑多な健全マンガ誌群−大阪赤本への中央からの回答
 野球少年たちの原っぱ−戦後民主主義とベースボール
 ほのぼのとした冒険−ゆかいなファンタジー
 大衆児童雑誌の種々相−ヴィジュァル少年誌の俗悪
 通俗大衆少年読物誌−「譚海」と「太陽少年」
 杉浦茂ワンダーランド−SF・西部劇・時代劇を超えて
 手塚治虫、雑誌を席捲す−中央への進出と征圧
 子どものリアル世界−馬場のぼるのユーモア
マンガ雑誌への転身と変節
 ゆかいで不思議な時代劇−ファンタジー・ジャパネスク
 熱血と友情−福井英一の大衆人気
 熱血格闘少年たち、友情す−イガグリくんの仲間たちと格闘世界
 講談と剣豪物−立川文庫のマンガ的展開
 捕物帖と豆剣士たち−花のお江戸の少年ヒーロー
 「漫画少年」の神話−手塚世代の育成に向け
 手塚治虫の進化と洗練−ライオンブックスと読み切りふろく
 手塚SFの継承者たち−物語としてのSF世界
 少年名探偵登場す−乱歩からの出発
 推理とスリルとサスペンス−大都会の怪奇な大冒険
 マンガのさまざまな試み−歴史、マスコミ、ファンタジーほか
 アメリカ文化の敗北−雑誌の西部劇マンガたち
月刊少年誌の黄金時代
 手塚治虫のスーパーヒーローたち−昭和三十年代前半の人気連載群
 ジャパ二−ズ・スーパーマン群像−アメコミ・ヒーローの日本的展開
 仮面に隠された正体−マスクのヒーロー大活躍
 科学の子どもたち−新兵器と秘密兵器のパワー
 アトVS鉄人−ロボットとSFヒーローの世界
 怪獣王ゴジラ、マンガを席捲す−怪獣映画のコミカラィゼーション
 巨大怪獣と怪奇人間−特撮SFのマンガヘの影響
 野球ヒーロー物の始まり−スポーッから闘いへ
 お笑い少年たちのドジとボケ−ゆかいマンガの成立と発展
 親近感と三十年代の日常−横丁ユーモアマンガの少年たち
 チャンバラ冒険大活劇絵巻−鞍馬天狗と新諸国物語のもとに
 少年剣士、闘いの日々−時代劇ヒーローの定着と進化
 月刊少年誌の黄金時代−ボリュームたっぷりの月一の娯楽
少年マンガそのスタイルの変遷−米沢嘉博
戦後少年マンガ史年表(昭和二十年〜四十二年)−米沢嘉博/杉田健一・編


 2巻目は、戦後少年マンガの後編、マンガ週刊誌の登場と貸本マンガ文化の熾烈なせめぎ合いの時代に入る。この連載スタイルと単行本スタイルの、二つの創作と発表メディアの衝突と相互越境から、さらに大きなエネルギーが解放されていったことがよくわかる構成、戦後マンガのダイナミズムがよくとらえられている気がした。年齢層も拡大し、よりいっそう幅広い読者を視野に入れながら、表現領域が拡大していった時代が、よく整理されてまとめられている。
 それにしても、未読の作品のなんと多いこと、少女マンガの世界の時のように、100冊程度に精選されたお勧めベストがあるともっとよかったが、これは無いものねだり、圧倒的なマンガ文化を知るために、是非一度手にとってご覧になることをお勧めしたい。

子どもの昭和史・少年マンガの世界Ⅱ−昭和三十五年〜六十四年
 少年マンガ史(下)昭和三十五年から六十四年−米沢嘉博
 貸本劇画黄金時代−みなもと太郎
 子ども時代の一九七〇年代−とり・みき
少年週刊誌登場
 週刊誌時代の幕開け−「少年マガジン」の創刊と初期作品
 週刊誌時代の幕開け−「少年サンデー」の創刊と初賠作品
 少年たちの大いなる闘い−スーパーヒーローから集団ヒーローヘ
 冒険の異世界への旅立ち−海と空と秘境と時間と
 空ゆかば。海ゆかば−少年戦記ブーム到来
 少年チームと魔球の誕生−投手と打者の闘いの枠組
 ギャグマンガと週刊誌−赤塚ギャグ驀進す
 忍者十番勝負の魅力−忍者ブームとトーナメント制
 白土忍法と秘密の知識−時代物の迫力とリアル
 ガンアクションとウエスタン−テレピ時代のエンターティンメント
 スピードとメカニツク−新時代のカッコ良さと機械趣味
 SFテレビアニメの熱狂−「カッパ・コミクス」とSFマンガ
 「少年キング」創刊−遅れてきた少年週刊誌
貸本マンガ、その誕生と生成
 赤本から貸本ヘ−大衆娯楽の王道、時代劇
 少年剣士ロマネスク−新人たちのチャンバラアクション
 忍びの者見参−忍者マンガの新しい道
 ドキュメントのリアリティー−戦記マンガブーム発進
 探偵マンガの暗き夢−初めに乱歩ありき
 ミステリに漂う空気−ムードマンガなるものについて
 暗黒街とスリラー−怪奇と劇画の胎動
 ムーブメンドとしての「劇画」−「影」「街」「迷路」を中心に
 犯罪のある日常−劇画短編集の氾濫
 怪奇マンガの夜明け−ホラー、スリラー、怪談、奇談
 アメリカ映画と別世界−洋物エンターティンメントの影響
 ロボット君とカックン親父−貸本ギャグマンガの世界
貸本劇画、不幸からの脱出行
 軽やかなるアクシヨン−劇画のヌーヴェルバーグにも似て
 大都会の群狼たち−有害ガンアクションの情念
 イカすぜ、タフガイ−無国籍アクションの系譜
 夜から昼の夢ヘ−後期劇画短編集の明るい洗練
 憧れの都会ライフ−昭和三十年代若者たちの青春日記
 青春との対峙−ときめきと苛立ちと希望
 ウェツ卜&ドライ−三人のストーリーテラー
 江戸の軟派と士魂−時代劇のジャンル化の進行
 グロテスク怪奇草子−異色怪奇と怨霊因果物語
 悪夢のアイデアー−西洋怪奇小説の洗礼
 異界へ誘う者ども−水木しげるとそのフォロワーたち
 天翔ける想像カ−貸本末期のSF熱について
 貸本劇画からの飛翔−予備軍とマニア誌の誕生
メディアと躍る少年マンガの幸福
 ウルトラ怪獣総進撃−怪獣・特撮による幕引き
 前近代からの呼び声−妖怪マンガの絵画性とノスタルジー
 怪奇と恐怖の館メディアと躍る少年マンガの幸福‐
 ウルトラ怪獣総進撃−怪獣・特撮による幕引き
 前近代からの呼び声−妖怪マンガの絵画性とノスタルジー
 怪奇と恐怖の館−第一次ホラーマンガ・ブームー
 現代の忍者たち、走る−スパイとニューアクション
 空想科学から「SF」ヘ−壮大なる破壊と闘いを求めて
 新たなる笑いの谷間に−トキワ荘とテレビギャグー
 「巨人の星」を目指して−魔球と根性のベースボール
 梶原一騎の時代1−柔道とボクシング
 梶原一騎の時代2−プロレスと空手
 新時代の新週刊誌創刊−「少年ジャンプ」と「少年チャンピオン
 エッチマンガの夜明け−ハレンチ旋風吹き荒れる
 疾走するギャグ−赤塚ギャグとその対抗勢カ
 学園の若大将、爆発す−熱血学園の系譜
 リアルなる冒険活劇−劇画による絵物語の再生
革命の時代の熱狂と終末
 革命の時代 その1−「少年マガジン」の進撃
 革命の時代 その2−反戦への志と社会派
 革命の時代 その3−マンガの変革と実験
 終末への予感−ハルマゲドンとパニックSF
 オカルトと超伝奇ロマン−闇の知識の復権
 SF反対進化−巨大ロボットプロレスと変身ヒーローー
 パロデイの幕明け−ポスト赤塚ギャグに向けて
 学園の嵐吹き荒れる−ガクラン戦国時代への突入
 職業は闘いだ−医者物、職人物、金もうけマンガ
 クライムアクシヨンと刑事たち−スリル、スピード、サスペンス、バイオレンス
 少年マンガの新展開−七〇年代のさまざまなる試み
 新週刊誌の創刊と敗退−「ぼくらマガジン」「少年アクション」「マンガくん」
恋と遊びの箱庭の中に
 『がきデカ』ショック−赤塚ギャグからの脱却
 SF新たなる旅立ち−スペースロマンとスターウオーズ
 時代を超えた闘い−時代物と新戦記マンガ
 少年たちのさまざまな闘い−ブーム、趣味、レジャー
 水島野球のプレイボール−スポ根と魔球への決別
 スポーツする少年たち−マィナースポーッマンガの系譜
 学園はワンダーランド−さわやかでエッチな学園ラィフ
 恋する少年たち−ラブコメの時代訪れる
 長い八〇年代の始まり−「少年ジャンプ』王者への道
続・少年マンガのスタイルの変遷−米沢嘉博
戦後少年マンガ史年表(昭和四十三年〜平成元年)−米沢嘉博/杉田健一・編