武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『これからのバックパッキング シェラクラブからローインパクト法の提案』 ジョン・ハート著 細野平四郎訳 (発行森林書房1980/7/1)


 書庫の奥から懐かしいものが出てきた。今から30年以上前のとっくに賞味期限が切れているはずの本だが、キャンプやロングツーリングをする際に、この本を繰り返し参考にした。野外生活のあらゆる場面を想定して、理念ではなく技術を前面に出しながら、ストイックな一種の自然保護の原理主義のような姿勢を貫いているところが、何とも潔く格好良かった。
 今回、読み返してみて野外活動の基本的な技術が、すでに完成の域に達していたことが分かった。むしろ、自然保護や環境への配慮の観点からすると、この国の考え方はむしろ後退している気がしてならなかった。<ローインパクト>という発想は死語にしてはならないと言う思いを強くした。
 アメリカの原書のことがふと気になったのでネットで調べてみたら、本書の元になった1977年版は436pですでに絶版となっており古書扱い、最近では改訂を重ねて2005年版第4版が出ていて、内容も増え520pになっていることが分かった。新しいアウトドア用品にあわせて、技術的な書き換えが随所にあるという説明、30年間でどう変わったのか興味がわいた。画像も見つかったので、第1版と最新の第4版を引用しておく。 (イラストの表紙が第1版、シューズの写真が第4版)
 さて、もう一つ、日本語版を読み返していて、二段組みにぎっしり組んである本文もさることながら、日本でつけた小見出しがすべて20字で統一してあることに気付き、笑ってしまった。本作りのある段階で忍び込んだ遊びだと思うが、愉快な編集だと感心した。内容の紹介をかねて目次を全部引用してみよう。

A ウィルダネスヘ

第1章 道路をあとに
  私たちはウィルダネスの旅を必要としている
  ウィルダネス志向には衰える気配も見えない
  同時にインパクトの問題が深刻になってきた
  そこで規則や制限が導入されてきた。しかし
  ローインパクトの第一歩は軽量化を図ること
  もうソローやミュアの時代に戻れないけれど
第2章 慣らし運転
  バックパッキング入門者に勧める三段階の旅
  あらかじめシェイプアップする必要はあるか

B 用具と衣類

第3章 用具をそろえる
  どんな道具が要るのか大まかに調べてみよう
  用具を買うときの戦略あれこれを伝授しよう
  最初はどのくらい費用がかかるものだろうか
  基本的な荷物の重さはどのくらいになるのか
  快適に歩ける荷の重さは体重の五分の一まで
  軽量化――古いテクニックと新しいスタイル
  用具は季節と地域で変わるもの、万能はない
  いくら頑丈でも用具に故障はつきものと思え
第4章 靴
  靴を選ぶ基準は重さと堅さ、足に合う大きさ
  目的に適した靴でいちばん軽いものがベスト
  ラグソールはインパクトの原因になってきた
  専門店ならば安心だが、ほかにもこんな手が
  踵と爪先を重点に靴が足に合うかテストする
  通信販売を利用するときは以下を実行しよう
  革の種類、紐の掛け金、甲と底の縫い付け法
  以上のほかにもハイキンダに使える靴がある
  ソックスは薄手と厚手の二枚重ねが普通だが
  足に関係した重宝な小物類を列挙してみよう
  革を傷める三つの原因と買った直後の手入れ
  新品を履きならすときは靴ずれを覚悟しょう
  旅先では靴にどういう心配りをすればいいか
  帰ってからの手入れ、乾きすぎたときの処置
  ラグソールをはり替える時期、種類、そして
第5章 パック
  背負うのが苦痛ならばパックのどこかが悪い
  フルサイズのパックを買うときの一般的情報
  フレームパックか、ソフト・バックパック
  フレームパックの構造と部品、主要な着眼点
  ラップアラウンド・タイプの意図と実際効果
  必要以上に大きなパックを買うのは疑問あり
  フレームパックを体に合わせて調節する要領
  フレームとバッグの品質を簡単に見分ける法
  ソフトパックについて、まず全体的なことを
  ソフトパックも腰に荷重するように調節する
  ストラップとバッグの接続部をよく点検せよ
  デイパックの大きさは十分なゆとりが欲しい
  フレーム延長部品やカバーなどアクセサリー
  その他の袋物とカメラや水筒の取り付け器具
  パックの色にもインパクト効果を配慮したい
第6章 寝具
  自分に必要なスリーピング・バッグの厚さは
  断熱材はダウンがいいか、合成繊維にするか
  バッグの効率は総重量とロフトの比で決まる
  デザインと構造の着眼点、縫製のチェック法
  水蒸気の壁のアイデアは紹介だけに留めよう
  グラウンドシート、マットなど寝具関係用品
  バッグはなるべく詰め込まず、洗濯は慎重に
  スリーピング・バッグとローインパノト問題
第7章 シェルター
  何らかのシェルターを必ず背負ってゆくべし
  ポンチョ、タープ、チューブなど簡易な屋根
  種類、サイズ、重さなどテント全般について
  標準タイプは二人用のレクタングラー屋根型
  そのほかのテント・デザインと革新的な製品
  六角形、ドーム・テントなど大きめのタイプ
  冬用テントの特微と構造、フロストライナー
  テントを買う前にはっきりさせておく事柄は
  縫い目、補強部など品質を見きわめる着眼点
  スペアのポール、各種のペグ、その他の器具
  テント取り扱いの注意と手入れ、修理の要点
  ペグの数、色彩などテントのインパクト問題
第8章 衣類
  ウィルダネスではいつも衣類が二セット要る
  夏用の基本的な衣類。ゆとりのあるパンツを
  防風・防寒の予備衣類。ダウンは濡れに弱い
  雨と雪の対策。通気性のある防水素材が登場
  低温高湿の場合はウールの上下に切り替える
  高山用・冬用として加える衣類と特殊な装備
  衣類は第二の皮膚、調節しやすいことが条件
  最後に代表的な衣類リストを気候別に記すと
第9章 ストーブと台所用品
  ストーブは焚火に代わるウィルダネスの友だ
  ホワイトガス・ストーブの構造と代表的銘柄
  ポンプつきのマウンテニアリング・ストーブ
  灯油ストープは多人数向きで安全だけど面倒
  便利なカートリッジ・ストーブの泣きどころ
  アルコール・ストーブ、スターノ、固形燃料
  ストーブを買うときの選択基準を要約すれば
  ストーブの手入れ、故障の予防、交換用部品
  燃料ボトルなどストーブ関係のアクセサリー
  マッチなど火起こし用品は多めに濡らさずに
  料理を作り食事するための容器と小道具たち
  水や食品のコンテナーにも便利なものがある
  熊が出そうなら食料用ベア・バッグは必携だ
第10章 その他の用品
  ウィルダネス用救急用品をリストアップする
  虫を防ぎ皮膚を守る薬を軽視してはいけない
  緊急事態とサバイバルのための信号用品ほか
  必携品および必携とされている道具、修理具
  個人的用品、積雪期用品、そしてぜいたく品

C 旅の準備

第11章旅をデザインする
  まず情報を集めて場所と時期をよく検討する
  地図の上で歩いてみて全コースを頭に入れる
  ウィルダネス立入許可証はなぜ要るのだろう
第12章 食料と燃料の計画
  カロリー、栄養、総量の目やすと必須の塩類
  食事は形にとらわれずメニューはルール無視
  朝食と昼食は個人単位、夕食は共同パックで
  食料は軽くて手間がかからずおいしいものを
  各サイズのポリ袋で食料を仕分けし包装する
  緊急用食料は常に携帯し一年後に取り替える
  燃料使用量は使い方と機種と経験で見積もる
  水は多めに持つ。飲む気にさせる工夫も大切
第13章 パツキングの常識
  第一段階、持っていくもののリストを整える
  第二段階、点呼しながら品物の手入れをする
  第三段階、グループごとにまとめて整理する
  第四段階、使う順序を考えてパックに納める

D トレールの旅

第14章 トレールヘッドヘ
  省エネ型ドライブ距離比例方式を提案したい
  万一に備えて自宅に書き残しておくべきこと
  現地の管理事務所で情報を確認し安全を確保
  トレールヘッドから歩きだす前に注意を少々
第15章 パックを背負って歩く
  まずパックを背負いあげてベルトを調節する
  ゆっくりと自然な歩幅で進み歩きながら休む
  パーティはペースをそろえて休憩は短く多く
  歩きだしは寒いくらいに衣服を調節しておく
  靴ずれは早め早めに予防し徹底的に治療する
  トレールを旅するマナーとローインパクト
  パーティの分割とサイドトリップ基本必携品
  雨の中を歩くのもよいが低体温症と雷に注意
  徒渉する地点は流された場合を予想して選ぶ
第16章 ルートファインディング
  千古斧賊を知らぬ森に迷うのはもう昔話だが
  「地図を読む」は慣れで身につける認知能力
  コンパスを使う第一歩は方位角になじむこと
  コンパスの構造と磁極偏差、方位修正と測定
  実際はもっと簡単な使い方をしているものだ
  コンパスを使わないで方位を知る方法もある
  トレールが消えたらケルンなどの標識が頼り
  とうとう迷ってしまった。さあ、どうするか

E キャンプの実際

第17章 キヤンプの設営
  一晩のキャンプが回復不能の破壊を生んだ話
  インパクトの少ないキャンプサイトの条件は
  設営の作業にもローインパクトを心がけよう
  地面に寝ることは山野を深く理解することだ
18章 シェルターとベッド
  湿度さえ低ければ星空の下こそ最高のべッド
  タープからテントまでシェルターを張る要領
  エアマット・枕など快眠用品とべッドの周辺
  夜中に寒くてやりきれなくなったときの対策
第19章 火と食料
  ホワイトガス・ストープの点火と事故防止法
  灯油ストープも基本的には変わりないけれど
  ブタン・ストーブは燃料の交換と過熱に注意
  テント内でストーブを使用する際の危険予防
  ストープは大インパクトの焚火を無用にする
  しかしプレジャー・ファイアも否定できない
  焚火をする場所の決め方と薪に使う木の制約
  焚火の上手な作り方と、むだなく燃やすこつ
  焚火した跡を完全に消す技術も知っておこう
  ごみは持ち帰れ!・燃やす場合と埋める場合
  食器洗いは水場から離れ合成洗剤は使用禁止
  ネズミ、熊などの野生動物から食料を守る法
第20章 衛生問題と水
  山の水は清らかという常識は60年代に消えた
  共同トイレ、ネコ式トイレの作り方と使い方
  汚染されていない水の探し方と水の浄化処理
  洗濯したり体を洗うには必ず水を汲み取って
第21章 キャンプの撤収
  鉄則は一つ、跡を残すな、インパクトを消せ

F 特殊な旅

第22章 クロスカントリーその他
  ウィルダネスの中の本もののウィルダネスヘ
  オフ・トレールの旅ではこうした箇所に注意
  ルートファインディングとナヴィゲーション
  ロープとアイスアックスの使い方も覚えたい
  渡し舟式からレール式まで渡河法のいろいろ
  オフ・トレールをローインパクトに歩くには
  砂漠の旅には三種類あるが最大の問題は水だ
  砂漠はインパクトには強そうに思えるけれど
  長期の旅には食料を多めにバランスを考えて
  ひとり歩きには危険が伴うが喜びも倍加する
第23章 冬のウィルダネス
  白銀の王国に踏み入るアウトドアズマンたち
  スノー・キャンプは一年生に戻って始めよう
  冬の用具と衣類。荷物は十八キロ以上を覚悟
  雪の旅ではここに注意。時間、保温、障害物
  雪をよく観察して雪崩の起きる条件を知ろう
  雪崩の発生しそうな斜面や雪崩跡を通るとき
  雪崩のサバイバル技術。脱出、救出、捜索法
  雪上のナヴィゲーションで無雪期と異なる点
  スノー・キャンプの設営と料理、水、就寝時
  雪の中の生活は湿気との間断ない戦いである
  雪洞とイグルーは豪勢な白銀のシェルターだ
  スキーとスノーシューズそれぞれの長所短所
  スノーシューズには三種類あって特色が違う
  バインディングは使う靴に適した型を選ぼう
  スキー選びは重さと幅、ワックス使用か否か
  靴、バインディング、ストックの種類と特徴
  スノーシューズとスキーには修理具は必携だ
第24章 子供連れの旅
  バックパッキングは親と子を固く結びつける
  おんぶ年齢ではトイレット関係が最大の問題
  中間年齢はしつけの時期。親は目が離せない
  歩き年齢に成長しても遊び中心の世界が続く
  遊びか自然の保全か――ローインパクト問題
  そしてある日、新しいバックパッカーの誕生

G 事故と対策

第25章 事故
  いつか自分も事故に関係するものと考えよう
  突発事故のほか緩行性の危険にも厳重に注意
  ファーストエイドの心得は皆が持っていたい
  まずその場から動かさず生命の救助に当たる
  次にショック症状の手当をして安静にさせる
  自力で脱出するか、それとも救助を求めるか
第26章 有害な勤物、植物
  蚊、ダニ、蜂など不愉快な昆虫たちの排除法
  毒蛇にかまれないための心得四つを教えよう
  スネークバイト・キットを使った応急処置法
  その他動物による披害で恐ろしいのは狂犬病
  有毒植物にやられた際の現場での処置と薬品
第27章 暑熱、寒冷、高度による病気
  人体は一種の熱機関。過熱、過冷が故障の源
  冷や汗、顔面蒼白は熱疲労、休憩すれば治る
  汗が止まって高熱が出たなら日射病、重態だ
  恐ろしい低体温症には極寒でなくてもかかる
  凍傷が軽度ならばよく暖めてマッサージする
  暑熱と寒冷の障害を防ぐ心得を要約しておく
  多量の汗をかくときは特別に塩分を補給する
  高山病の対策は急激に高所へ登るなに尽きる
  日焼け、雪盲も軽視できない。予防が第一だ

H ウィルダネスと政治

第28章 USAウィルダネス戦争
  保全対開発の争いを、あえて戦争と呼びたい
  主戦場は州有地と連邦所有地のウィルダネス
  そして一九六四年、天然自然保全法令が登場
  国立公園では保護体系編入が着々進む見通し
  野生生物保護地区の開発阻止も前途は明るい
  天然富源の土地は現在、保全戦争の最前線だ
  西部の国有林は独自の利用案を作っているが
  東部の国有林では特殊な形の保全区を設けた
  アラスカでは二大陣営の綱引きが開始された
  合衆国にウィルダネスはどのくらいあるのか
  どのくらいの広さを保全すべきだと考えるか
  不当な侵害に対し私たちの手でできることは
第29章 ウィルダネスの管理
  保全問題を今度は管理者側から考えてみよう
  バックパッカーのもたらす災害を整理すると
  まずひとりひとりのインパクトを減らすこと
  保護するために開発するとは矛盾しているが
  利用者の定員制は必ずしも反対されていない
  その他、広報活動、道路閉鎖などの誘導手段
  分散か集中か、そのいずれにも問題はあるが

あとがき 細野平四郎

 小見出しの的確さはなかなかのもの、場所によっては相当の工夫が見られて面白い。かつての<バックパッキング>という言葉そのものが、新しいライフスタイルを意味した時代の香がする。