武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『代替医療のトリック』 サイモン・シン&エツァート・エルンスト著 青木薫訳 (発行新潮社2010/1/30)


最近よく目にする<補完代替医療>や<代替医療>などと呼ばれている<医療ならざる治療>は、本当に効き目があるのだろうか。地球上では人類の半数以上が何らかの代替医療を利用したことがあり、年間におよそ400億ポンド(約6兆円)が支出されているという。通常の現代西洋医療がすべての病気や疾患に対して万能ではないことは、治療困難な難病や治療法不明の病気があることからも自明のことではあるが、それにしてもこれは何とも切ない問題だろう。治療法がないといわれた患者の苦悩は、末期癌のケースを考えればよくわかる、宗教めいた話が浮上してくるのも分からないではない。
だが、<補完代替医療>などとれっきとした医師までもが、あたかも医療の足らざる所を補う技術ででもあるかのように治療の一部に導入するケースが出てきているというから、紛らわしい。本書は明快な科学解説で定評のあるサイモン・シン代替医療のトリックを暴くという触れ込みの本、読まないわけにはゆかないではないか。さっそく手に取ってみた。一読、サイモン・シン独特の明快な科学読み物の中でも、最高傑作ではないかと思うほどの素晴らしい出来栄えだったので、紹介してみたい。
①どの代替医療をとっても、不思議なほど説得力に満ちた独特の理論体系で武装していて、一筋縄でゆかないのは、ご存知の通り。そんな代替医療に対して、サイモン・シンは単純明快、本当に効くのかそれとも効かないのか、シンプルに二者択一で迫る。このコンセプトが本書を成功に導いた最大のポイントである。苦しみに見舞われている患者や病気を心配している人々にとって、治療法の背後にある理論体系などに用はない、本当に効く治療法なのかどうか、これが最重要課題だ。この一点に拘り抜いたのが何よりのお手柄。
②ところが、治療法が効くかどうかは、意外と困難な課題をはらんでいる。と言うのも、人間は呆れるほど騙されやすく出来ていて、<プラセボ効果>が想像以上の威力を発揮するらしいからだ。変な例だが<振り込め詐欺>の被害がいまだに後を絶たないことからも分かるように、効くと信じて受けた治療は相当の効果を発揮してしまうものらしい。西洋医学の立場からする偽りの効果をいかに排除するかという臨床検査方法への言及が、本書の隠れた主題。医療の世界では、嘘と本当の見分けがいかに大事か繰り返し語られる。この一点に西洋医学が立脚していると言うことがよく分かる。これが西洋医学における<科学的根拠>の基底である。
③2章から5章までは、鍼、ホメオパシーカイロプラクティック、ハーブ療法など四つの代表的な代替医療が、本当に効くかどうか厳密で詳細な吟味にかけられる。結果は予想したとおり、ほんの一部効くこともあるが、九割九分、効くとされているのはプラセボ効果の域を出るものはなく、厳密な臨床検査の結果からすると効き目はゼロと評価されるという。この結論は、極めて妥当である。日頃から何となくおかしいなと思っていたことが、ハッキリしたので胸のモヤモヤが取れた感じがしてスッキリする。論旨が明快なので本格推理の問題解決の章を読むような爽快感すら感じる。謎を解明されて犯人扱いされる代替医療が心なし哀れではあるが、罪深いことに変わりはない。
④6章は1章に対応しており、「科学的根拠にもとづく医療」がいかに重要であるかが、改めて再確認され、返す刀で代替医療の普及に一定の役割を演じている、罪深い人々の中から代表的な有名人や組織を拾い上げ、その欺瞞的な振る舞いを暴露しており、旗色は極めて鮮明。
サイモン・シンのこれまでの著作は、興味深くはあるが生々しい人間世界の現実からは距離のある、いわば教養の世界のものだったが、本作は現在進行形の生の現実に干渉する、非常にリアルな作品、相当の勇気なしには書き進めないような記述に満ちている。どんなに正当なことであれ、真実を告げ知らせるにはいささかの勇気がいる。この本は、一部の代替医療に携わる方々の不利益につながることは間違いないように思われる。だが、その当事者にこそ是非本書を読んでみてもらいたい。翻訳の日本語が大変に読みやすい。ミステリを読むような速い流れで、先へ先へと一気に読んでしまった。
⑤6章で終わりかと思ったら、それだけではない。付録として<代替医療便覧>なる記事が最後に付いており、そこに本章で言及しなかったその他の代替医療が取り上げられている。こんなにもたくさんあるのかと吃驚するが、これでも氷山の一角なのだろう。評価されている項目を引用しておくので、興味のある方は本書を手にとってもらいたい。世界中にあるインチキ医療の多様さに目を瞠ることだろう。

アーユルヴェーダ
アレクサンダー法
アロマセラピー
イヤーキャンドル(耳燭療法)
オステオパシー(整骨療法)
キレーションセラピー
ラニオサクラル・セラピー(頭蓋オステオパシー
クリスタルセラピー
結腸洗浄
催眠療法
サプリメント
酸素療法
指圧
神経療法
人智学医療
吸い玉療法(カッピング)
スピリチュアル・ヒーリング(霊的療法)
セルラーセラピー
デトックス
伝統中国医学
ナチュロパシー(自然療法)
バッチフラワー・レメディ
ヒル療法
風水
フェルデンクライス法
分子僑正医学
マグネットセラピー(磁気療法)
マッサージ療法
瞑想(メディテーション
リフレクソロジー(反射療法)
ラクセーション
レイキ(霊気)

以上の総てを全面否定している訳ではないが、現代西洋医学にまさる効果を期待するには無理があるという妥当な結論に到達している。こんなにも代替医療が多種多様にあるということを初めて知り、正直なところ驚いている。
最後に、本書の目次を引用しておこう。

はじめに
第1章 いかにして真実を突き止めるか
    壊血病、英国水兵、瀉血臨床試験
    科学的根拠にもとづく医療
    天才の一打
第2章 鍼の真実
    プラセボの威力
    盲検法と二重盲検法
    試験される鍼療法
    コクラン共同計面/結論
第3章 ホメオパシーの真実
    ホメオパシーの起源
    ハーネマンによる福音
    ホメオパシー―隆盛と衰退、そして復活
    『ネイチャー』事件/臨床試験に付されるホメオパシー
    結論
第4章 カイロプラクティックの真実
    科学的根拠にもとづくお茶
    患者をマニピュレートする
    骨接ぎ万能療法/注意してほしいこと
    カイロプラクティックの危険性
    替医療の危険性
第5章 ハーブ療法の真実
    ハーブの薬学
    一番大切なのは、害をなさないこと
    思慮ある人たちがなぜ?
    実際に経験したのだから疑いようがないという心情
第6章 真実は重要か?
    プラセボー―罪のないささいな嘘なのか、医療として不正な嘘なのか
    効果が証明されていない、または反証された医療を広めた貴任者トップテン
    代替医療の未来

    付録−代替医療使覧
    より詳しく知りたい読者のために
    謝辞
    訳者あとがき 青木薫

 あらゆるメディアを介して宣伝しているので代替医療に興味をもたれたことのある方、一度は代替医療を使用されたことのある方、そんな方には是非本書を手に取ってみてもらいたい。巧妙に騙されていることに気付くのは、本当はとても難しいこと、この本を読んで、騙されていることに気付いたり、騙されないように気を付けるようになったりする人が出てくれば本当に嬉しい。
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