武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 朝のワンプレート(23)

 池波正太郎の食日記》
 物語の中に食事シーンを巧みに配して、季節感や情感を表現するのが得意だった、池波正太郎の食の随筆集『食卓の情景』の終わりの方に、【食日記】、【続食日記】と題した作家の食生活記録がある。
 起床時間が遅い生活だったらしく、朝食・昼食・夕食などと言った書き方をしないで、朝食を昼頃に食べて(第一食)、夕食は(第二食)、深夜の夜食を(第三食)と名付けて、食べたものが書かれている。不規則な生活の中から生まれた、貴重な食生活の記録である。
 食通として知られている人の食の日常が公開されることは非常に珍しいので、食べ物のところだけを抜きだしてみた。日々の食卓は暗黙のプライバシーなので、その組み立てについてとやかく言うつもりはないが、好きなものに徹した食生活であったことは確か。
 気に入った料理にありついた時の、悦び満ち溢れる力のこもった文章からは、池波の味覚の感動振りが直に伝わって来る。
 何度か自分で作るシーンも出てくるが、何らかの原則の下に食生活全体をコントロールするという発想は、全くと言って良いほどなかった。
 食べたいものを食べたいだけ食べて、その美味しさを満喫しつつ、作家生活に邁進していった人である。本人は食通と呼ばれることに抵抗があったらしいが、典型的な文人タイプの食通だ。
 以下に二本の食日記から、食べたものだけを抜き出して引用しよう。

【食日記】
×月×日(第一食)記述なし(第二食)どじょう鍋・鯉のあらい・なまず鍋(第三食)合鴨の雉子焼丼・千枚漬
×月×日(第一食)半ぺんの味噌汁・塩鮭・千枚漬け(第二食)合鴨のすき焼き・鱈と小松菜の吸い物・大根と油揚げの煮物(第三食)チャーシューメン
×月×日(第一食)記述なし(第二食)記述なし(第三食)合鴨の葱焼きおろし醤油・あんかけ豆腐・焼き海苔
×月×日(第一食)合鴨の親子丼(第二食)貝柱と白菜と葱と豆腐の小鍋立て、ビフテキ丼(第三食)海苔むすび一個と沢庵
×月×日(第一食)中華風卵スープ、蜂蜜トースト2枚(第二食)甘鯛のお造り、鯛の潮汁、アサツキ・菜の花・ギンナン・赤貝のわた・糸瓜・菊・薔薇などの和え物、田作、カラスミ、ナマコとこのわたの和え物、蕪蒸し、ウドとキュウリと青柳の酢の物、ウズラの付け焼き、シジミ・若竹・フキノトウの味噌汁、新沢庵・千枚漬け、マロン・シャンテリー、レモンティー(第三食)なし
×月×日(第一食)中華スープ、カニ炒飯(第二食)マグロの粕漬け、あと不明(第三食)記述なし
×月×日(第一食)トースト1枚と中華風卵スープ(第二食)生牡蠣、クレソンのスープ、チーズのスフレ、車海老のチーズソース、ステーキ、アンディーブのサラダ、チーズ(第三食)なし
×月×日(第一食)生鮭の照り焼き、大根の味噌汁、炒り卵(第二食)記述なし(第三食)記述なし
×月×日(第一食)スープ、オムライス(第二食)記述なし(第三食)記述なし

【続食日記】
×月×日(第一食)記述なし(第二食)記述なし(第三食)カレー南蛮
×月×日(第一食)中華風卵スープ、オムライス(第二食)蛤入り湯豆腐、蛤フライ、ソーセージ焼辛子醤油(第三食)千枚漬けとウィスキー
×月×日(第一食)記述なし(第二食)鶏肉の細切りの水炊き・葱・豆腐・ニンジン入り(第三食)記述なし
×月×日(第一食)鶏肉タマネギ炒め、大根の味噌汁(第二食)ポテトフライ、生キャベツ、ヒジキと油揚げの煮物、トリ貝シジミの味噌汁、漬け物(第三食)記述なし
×月×日(第一食)ぬき(第二食)コンソメスープ、鶉の挽肉詰めのソテー(第三食)チャーシューメン
×月×日(第一食)合鴨の焼き肉丼(第二食)野菜のポタージュ、鴨のテリーヌ、ムール貝、芝エビサラダ、小牛の煮込み、カタツムリ、アンディーブのサラダ、焼きリンゴ(第三食)記述なし
×月×日(第一食)豆腐の味噌汁、卵の黄身入り納豆、千枚漬け(第二食)豆腐とタラとほうれん草の小鍋立て、鰤の塩焼き(第三食)記述なし
×月×日(第一食)記述なし(第二食)沢煮椀そのほか(第三食)記述なし(翌朝第一食)焼き海苔、豆腐の味噌汁、カマスの干物
×月×日(第一食)ベーコンエッグ、トースト1枚、リキュール入りコーヒー(第二食)エビのマカロニグラタン(第三食)にぎり寿司
×月×日(第一食)記述なし(第二食)ウナギ白焼と蒲焼き(第三食)焼きそば
×月×日(第一食)カマスの干物、大根の味噌汁(第二食)貝柱と三つ葉かき揚げ、焼青柳、竹の子とと蕗の炊き合わせ、味噌汁(第三食)刻み沢庵の握り飯、昆布の吸い物
×月×日(第一食)記述なし(第二食)小牛と野菜のブラウンソース炒め、マッシュポテト(第三食)記述なし
×月×日(第一食)カツ丼、漬け物(第二食)鰹の刺身、タラしんじょ揚げ、葱の吸い物(第三食)手製のもりそば(朝食)ベーコンエッグとウィスキーのオンザロック

 お世辞にも、規則正しい食生活とは言えない、快楽原則だけを拠り所にした見事な食通の食生活ではある。

追記 『食卓の情景』のはじめの方に【惣菜日記】があるのを見落としていた。何年もこういう食べ物日記を書き続けていると書いてある。食べ物だけを引用しよう。

【惣菜日記】
昭和42年12月9日[昼12時]鰤の塩焼き(大根おろし)葱の味噌汁、香の物、飯。[夕6時]鶏のハンバーグ(白ソース)、グリーンサラダ、ウィスキーソーダ(2)、鰤の山かけ、大根とアサリの煮物、飯。[夜食午後11時]更科の乾し蕎麦。
昭和43年12月9日[昼]ドライカレー、コーヒー。[夕]赤貝とキュウリの酢の物、鯛の塩焼き、冷酒(茶碗2)、カツ丼。[夜食]カツうどん。
昭和44年12月9日[昼]チキンライス、かき卵、コーヒー、ビール(小1)。[夕]冷酒(茶碗2)、ニラの卵とじ、キュウリと鶏の黄身酢和え、精進揚げ、飯、焼き海苔、香の物。[夜食]天ぷらうどん。
昭和45年12月9日[昼]カツレツ、飯、サラダ、コーヒー。[夕]ウィスキーソーダ(3)、牛味噌漬け、ムツの子の煮付け、マグロの刺身、葱入り炒り卵、飯、コーヒー。[夜食]ざるそば。
昭和46年12月9日[昼]切り干しの煮付け、葱入り炒り卵、ワカメの味噌汁、タクアン。[夕]ウィスキー(水割り4)、すき焼き。[夜食]鉄火丼

 こちらの方は、まともな献立である。家で食べていると、食生活は安定するという見本のようだ。外食が多くなると食生活が乱れるのは皆同じ。 

 前置きはこれくらいにして、朝の献立を紹介してゆこう。

5月某日の朝食(上) ・味噌汁(青のり、油揚げ、切り干しダイコン)・ご飯・茹でキャベツの胡麻和え・ニンジン温野菜・ほうれん草のおひたし・パプリカの温野菜・京菜のおひたし・トマト・ブロッコリーの温野菜・レンコンのきんぴら・蕗の旨煮・プレーンオムレツ・画像にはないがコーヒー入りホット牛乳


5月某日の朝食(下) ・味噌汁(豆腐、油揚げ、ネギ)・ご飯・茹でキャベツの胡麻和え・ニンジンの温野菜・ほうれん草のおひたし・パプリカの温野菜・京菜のおひたし・カボチャの温野菜・レンコンのきんぴら・ブロッコリーの温野菜・花山葵の浅漬け・プレーンオムレツ・画像にはないがコーヒー入りホット牛乳