武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『冠婚葬祭のひみつ』斎藤美奈子著(岩波新書)

toumeioj32006-06-19

 斎藤美奈子さんの本とは、「妊娠小説」からの長年の読者、斬新な角度からの明快な評論が気に入って、新刊が出るたびに読んできた。複雑に意味が混ざり合うようなごてごてした概念砕きが上手で、彼女独特のの実も蓋もなくなるような評論のファンの1人。
 本書の「はじめに」前書きで、本書の性格と執筆の意図について意外なほど詳しくその主旨をあらかじめ断っているが、その前書きに斎藤さんらしい「冠婚葬祭」への思いが述べられていて面白かったので、その部分を全体とは無関係に引用しておく。

 冠婚葬祭とは「生物としてのヒト」を文化的な存在にするための発明品だったのではないか。冠婚葬祭という儀礼の衣を剥ぐと、その下からあらわれるのは生々しい身体上の諸現象なのだ。結婚とは一皮むけば性と生殖の公認にほかならず、葬送は肉体の死。元服を迎える一五歳前後は第二次性徴期である。すなわち冠は「第二次性徴の社会化」、婚は「性と生殖の社会化」、葬は「死の社会化」、そして祭は「肉体を失った魂の社会化」。儀礼は生理を文化に昇格させる装置だったのではないか。

 これが斎藤さんの冠婚葬祭へのスタンスかと思いきや、それほど過激ではなく、ほどほどに常識的なところがかえって説得力が増したような気がした。 
 本文は三つの章に分かれているが、私には「冠婚葬祭の百年」と題された第1章に一番斎藤さんらしさを感じた。近代100年の時代の大きな変化とともにいかに冠婚葬祭のスタイルが移り変わってきたか、というよりも冠婚葬祭の近代化と現代化の構造が解き明かされ、ミステリーの謎解きのように面白い。特に戦後60年の近代化と現代化が混在する実情は、自分自身の体験と重ねて読んでみると、ああそうだったのかと、意外な発見もあったりしてワクワクしながら読んだ。
 第2章の「いまどきの結婚」は、結婚にまつわる現状を一部皮肉りながら、かかわらざるを得なくなった場合の対処法まで書いてくれて、斎藤さんにしては意外なほど親切、一種のハウツー物になっている。それにしても企業の終身雇用制度解体の影響が、結婚式のスタイルにまで影響していることに驚き、そして納得した。
 第3章の「葬送のこれから」は、幅広い葬式マニュアル。本書の題名である「冠婚葬祭のひみつ」が象徴するのは、1章と2章の一部、それ以外は「新冠婚葬祭入門」としたほうが似合いそうな内容、斎藤さんには、死を巡る葬式というこの国の文化現象にもっと鋭く切り込んでもらいたかったが、チト残念。斎藤さんが本来持っている穏やかな現実主義が色濃く表にでた作品となっている。
 最後に、内容を概観するのに都合がいいので目次を引用する。

はじめに

第1章 冠婚葬祭の百年
1 明治の家と冠婚葬祭
2 昭和の結婚と優生思想
3 『冠婚葬祭入門』とその時代
4 少婚多死の時代を迎えて   

第2章 いまどきの結婚
1 今日的ウェディング狂想曲
2 結婚式に招待されたら
3 多様化する結婚の形
4 変容する通過儀礼 

第3章 葬送のこれから
1 現代葬儀の基礎知識
2 死の準備はどこまで必要か
3 身近な人の死に際して
4 遺骨のゆくえ、墓のゆくえ

 身近に冠婚葬祭の予感がある50台の人と、自らの課題になっている人に特にお勧め。値段の割りに中身の濃い新型の冠婚葬祭入門書といえよう。岩波書店がこの種のハウツー物に手を染めるのも時代の変化か。