武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『カーラのゲーム』 ゴードン・スティーヴンズ著 藤倉秀彦訳(東京創元社)

toumeioj32006-07-15

 急激な猛暑にあてられて、なかなか1冊の本を読み続けられない。少しでも物語の推進力が弱くなると、気持ちが飽きてしまい、つい別のお話に手が伸びてしまう。こらえ性がなくなり、長いお話を延々と読み続けるのが辛くなってきた。困ったことだ。何度か中断に見舞われたが、ここ数日、ついに引き込まれるようにして最後まで楽しく読ませてもらった本があるので紹介しよう。
 このゴードン・スティーヴンズさんの文体には、ちょっとした特徴がある。解説文を引用すると「複数の視点から構築されてゆく重層的な物語」ということになるのだが、読み慣れないと落ち着かない。物語の記述中に何の断りもなく次々と別の人物に視点を移動するという仕掛けがそれ。このような冒険小説の場合、何人かの中心的な人物に感情移入して読むと、読みやすくてのめり込みやすいのだが、せっかく調子よく感情移入して読み進んでゆくと、肝心ないい場面でなれない複数視点描写がでてきて、余り成功していないせいか興ざめしてしまった。
 もう一つ、この作者が意図的に使っている手法に、同じフレーズの繰り返しがある。まるで韻文のリフレインのように、印象的な力の入った文章が繰り返され、物語を盛り上げてゆく。この手法の方は、ある程度成功している気がするが、余りに何度も出てくるとまたかよ(笑)という気にさせられることもあった。
 娯楽小説の場合、創作技法を読者に意識させない方が良いと一般に言われているが、技法を前面に出す手法もありかなと思った。
 それでも最後まで読ませるのが、やはり物語りそのものが面白く出来ているからだ。舞台は1994年のボスニア、悲惨な紛争の中から、カーラという名の鮮烈な女性主人公が誕生してくる。
 物語は、①プロローグ、②第1部(ボスニア1994年1月)、③第2部1994年8月下旬〜9月上旬、④第3部、⑤エピローグ、この5つまとまりで構成されている。①と④がハイジャック場面、②がカーラを取り巻くボスニアの紛争とカーラが巻き込まれる悲劇の場面、私は、この部分の重厚な書き込みが一番気に入った。③がカーラがいかにしてハイジャックを周到に準備したかという話、⑤はエピローグらしい大団円。
 このような構成の物語が、主人公カーラとイギリス陸軍特殊空挺部隊のフィンの人間味のある濃密な触れ合いを軸に展開する。ホロリトさせる人情場面あり、手に汗握るアクション場面ありでサービス満点に物語が進んでゆく。
 読後感はハッピーエンドで爽やかなのだが、扱っている背景が重いはずなのに、残るものはそんなに重くない。カーラの強烈な人物像も、最後はなんだか薄ぼんやりとして心もとない。私には、第1部の紛争地帯を夫と愛児をなくしてしぶとく逞しく生き延びるカーラの人物造形が一番印象的だった。
 荒削りでも面白い小説が読みたいという人にお勧めかな。