武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

『太陽の王ラムセス全5巻』②

 『太陽の王ラムセス全5巻』②  クリスチャン・ジャック著 鳥取絹子、山田浩之訳 吉村作治監修 (青山出版社1996/11)

 第3巻「カデシュの戦い」 紀元前1285年頃に起きたと伝えられている、記録が残されている人類史初の国家間の大規模な会戦として有名な古代エジプトヒッタイトとの全面衝突に向けて、物語はいよいよ佳境に入る。愛と裏切り、野望と陰謀の複雑なストーリーが幾重にも重なり合い交錯し合い、ねじれたりほぐれたり、見事なストーリーテリングに感心する。
 個人的にはラムセスの懐刀とでも言うべき若き外交官アーシャの活躍と、敵方の魔術師オフィールの悪役ぶりに、何とも言えない魅力を感じた。物語をダイナミックに動かす脇役の配置が巧みなので、長い話を飽きさせずに読ませる。
 少し残念だったのは、期待していたカデシュの会戦場面が、わりとあっさりとしか描かれていなかったこと、当時の会戦のもう少し詳細な描写があれば申し分なかったのに、チト残念、これは無いものねだり(笑)。
 ここまでくると多神教の宗教を軸にした、古代社会の世界観にもすっかりなじんで、オフィールの仕掛ける魔術の脅威にも何だかリアリティーを感じてしまうから不思議、神がかったラムセスの戦闘シーンもハリウッドのCGを想像して楽しんでしまった。
 穏やかなエジプトの風土と、過酷なアナトリアの風土の対比が鮮やかで、両国の対立がいかに避けられない必然であったか、良く理解できる。農業技術も暮らしの技術もレベルが低かった遙かなる紀元前の世界では、気候風土が暮らしやすいと言うことが、どんなに大切な生存の条件であったか、そんなことを想像しながら読んでいくと、古代エジプト文明の発展の鍵が見えてくるような気がする。祝福された風土・地域だったので、強大な国家を建設しやすかったが、逆に常に羨望の的となり、侵略の脅威にさらされ続けたということなのだろう。内からと外からの物語を揺さぶる条件に事欠かかないので、興趣は尽きない。





 第4巻「アブ・シンベルの王妃」 出エジプト記で知られるモーゼによるヘブライ民族の大移動は、歴史学者の間では、ラムセス2世の次の時代ではなかったかと、学説が分かれているらしい。著者は、そのモーゼをラムセスの幼友達に設定、2巻と3巻では、ペル・ラムセスという首都建設の総指揮者として活躍させ、この4巻目ではいよいよヘブライ民族の一神教の指導者として、ラムセスの対立者となってゆく。エジプト社会を引き裂く重大な民族対立として、物語の興趣を盛り上げて行くところが面白い。
 3巻から始まるラムセスとモーゼのずれと友情の消滅には、とても歯がゆい思いをさせられるけれど、一神教多神教の決定的な差異を溝にして、二人の関係が断絶し、やがて大きな宗教紛争に拡大してゆく筋道は、説得力がある。宗教が世界観の中心の座を占めている社会では、想像を絶するほど大きな事件だったのだろう。
 壮年を迎え栄光の絶頂をむかえたラムセスの周辺で、共に成長してきた仲間との、哀しい死別が徐々に始まる。                                                                                                                                                                                

 第5巻「アカシアの樹の下で」 忍び寄る老年期をものともせず、最後の最後まで、老化現象ともたたかい、この世を去るラムセスの最後はさりげなくあっけないが、読後感は爽やか。長い長い物語を、あっけなく終わらせる力の抜けたこんな終わり方もあっていいと思わせられた。
 読み終わるのに1週間以上かかってしまったが、気が重くなるようなニュースが多いこの国の今現在を忘れ、しばらく3000年以上前の遙かな過去の世界に遊んだ時間は、何とも言えず楽しかった。
 物語の作り方が巧みなので、エジプトに興味のない方でも、古代の予備知識がない方でも、十分に楽しめるように仕上がっているので、どなたにでもお勧めしたい。