武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 インドツアー印象記(8)


 今日は、インド世界遺産観光の最終日、最初に行ったのはタージマハール、<観光した世界遺産の11番目>登録基準の(1)に当たるとする文句なしの世界遺産である。
 この日3つの世界遺産を見て、夜には帰国するという時間の都合と、朝日を浴びるタージマハールが特に美しいという理由で、現地の夜明け前に起き出し朝食をかき込み、まだ暗い内にホテルを出てバスに乗りタージマハールへ。インドの観光施設の開場は、日の出から日の入りまでという合理的な施設が多くここもそう。開場と共に列と共に門の中へ。 (画像はラージマハールの門の外で迎えたインドの日の出)

 少し歩いて内側の門をくぐり、目の前に拡がるよくみた景色、広大な敷地の中に写真で見慣れたタージマハールの霊廟が現れる。さっそく写真を撮ろうとしていると、おかしなことが始まった。日本語の巧みなオヤジがカメラを構えて混み合ってる観光客をかき分けて、ベストポイントに導いてくれたのだ。ありがたくシャッターをおした。

 すると今度は、もっと良い所があるからと先導してくれて、親切にもタージマハールが水面に映る空いている場所へ連れて行ってくれる。そこでも1枚写すと間髪をいれず、もっと良いところがあるからと手を引いてまた水に映る場所へ連れて行き、今度は、連れ合いとの記念撮影まで手伝ってくれる。あまりに押しつけがましい<親切>が疎ましくなり、チップを渡して分かれようとすると、千円くれという。要するに文字通りの<親切の押し売り>家業だったわけだが、200ルピー、日本円にして500円ほどを渡してお引き取り願った次第。

 話がわき道に逸れたが、タージマハールはやはり途轍もなく大きくそして途方もなく美しい。ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、愛妃ムムターズ・マハルの死を悼んで建設した霊廟だが、ここまで富を集積し濫費することの出来た権力は、偉大を通り越していささかおぞましい気がしないでもない。 (タージマハールの美しさは、タージマハールのある広大な緑の庭園に置いてみないと分からないと思い、パノラマ合成写真をアップしました)

 次に見たのは、<観光した世界遺産12番目>のアグラ城、登録基準の(3)の条件を満たすとされている。16世紀からインドを支配したムガル帝国の皇帝の城塞、紅い重厚な砂岩でできた城壁の中には、白い大理石の宮殿が並び、その大理石に緻密に刻まれた幾何学模様がなんとも豪華で美しい。ため息が出るような素晴らしいお城である。

 続いて行ったのは<観光した世界遺産の13番目>ファティープル・シークリ、登録基準の2番と3番と4番に適合するとされる。ムガル帝国第3代皇帝のアクバルが首都のお城として建造したものだが、水不足と猛暑のため14年間つかわれ放棄されたと言う。紅い砂岩を多用した、赤が基調色の豪華で優美なお城、暑さに備えて城内にプールや広大な庭があった。







 この後は、比較的整備状況のいい道路を走ってデリーに向かい、10時発のインド航空で帰国の途についた。広大なインド大陸の北部を駆け巡り22あるインドの世界遺産の半分以上を実質たった7日間であわただしく見て回るとという極めて効率的なな観光ツアーは、こうして無事に終わったのであった。