武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 12月第1週に手にした本(28〜4)

*情けないことに書庫にあることを忘れて同じ本を買ったり、読んだことすら忘れたりするようになってきた。読んだり読みかけたりした本を備忘録としてメモ、週1で更新していきます。

扇谷正造編『運鈍根―井上梅女聞き書き』(産業能率短期大学出版部1971/11)*伝説的な料亭「丸梅」のオカミ井上梅女を語る文集、編者の聞き書き、著名人の梅女をめぐる随筆、対談と他の聞き書きなどを集めた昔話。口絵の白黒写真を見てふと母方の曾祖母を連想した。明治女の強かさと華やぎ、味覚の本で何度も名前を目にしていた井上梅女について、ある程度感触が得られる。今の言葉で言えば、味覚を差別化する見事な戦略家だった。食材から調味料、調理法にこだわり、接待のスタイルまで徹底した差別化が、文人墨客著名人財界人など美食家達の琴線を震わせたのだ。
◎ホルトハウス房子著『日本のごはん、私のごはん』(文化出版局1998/12)*料亭丸梅の二代目井上紀子さんの薫陶を受けたという触れ込みにつられて手にした本。驚くほど素朴な当たり前のレシピが並んでいるのに吃驚、本を作るために無理矢理作ったような目新しいだけのレシピでないことに好感をもった。11項目の「丸梅さんから聞いたこと」と題する料理コラムが挿入されている、ここを読めば丸梅の調理法の一端が覗ける。調理の手順の何ときめ細やかなこと、粗忽者にはとても付き合えないような入念な気配りはさすが、作る途中で生じる形の整わないものを予測して、ある程度余分に作る所など、家庭料理との大きな違いに目を開かれた。味付け以前の心構えから差別化が始まっている。
塚本邦雄著『塚本邦雄全集第7巻/恋600番歌合―<恋>の詞花対位法』(ゆまに書房2000/10)*何という豪奢な言葉の遊戯だろう。短歌随想と短編小説と現代詩篇の3表現様式で、多様な恋の曼荼羅を描き上げた、類をみない詩歌物語集。巨人のような力業にひたすら脱帽、通読するのがとても辛い(苦笑)、単行本は白の絹張りのハードカバー豪華本上下二巻だった。
◎佐江一衆著『花下遊楽』(文芸春秋1990/10)*癌を宣告された初老の男と中年の女が出会い、東京下町を情緒背景に、刹那的に逢瀬を繰り返す初老の恋物語。感情移入出来るかどうかで評価が分かれそう。私はチト白けてしもうた。
小島政二郎著『小島政二郎第5巻食いしん坊4〜6』(鶴書房1967/9)*食いしん坊シリーズの下巻にあたる、著者は文化人講演会の訪問先で食べた美味と同行した文化人との交友を楽しそうに語って倦まない。良い時代の良いご身分だった人の回想録、文章に弾みと張りがあるので読んでいて気持ちが良いのでつい付き合ってしまった。
◎金関寿夫著『アメリカ・インディアンの口承詩―魔法としての言葉』(平凡社ライブラリー2000/6)*アメリカ先住民が口承で伝えてきた詩以前の詩、剥き出しの裸の言語の深い優しさ、繰り返し読んで味わいたい言葉。訳文が素晴らしい。宝石の原石のような言葉を掘り進む楽しさがある。
後藤祥子・今関敏子・宮川葉子・平舘英子編著『はじめて学ぶ日本女性文学史(近現代編(古典編) 』(ミネルヴァ書房2003/1)*フェミニズム以降の女性文学史、前書きに「女性作家の作品の歴史的記述を超えて、文学の歴史への女性の関わり方、女性によって文学の歴史がいかなる影響を受けたか」までも視野に納めようとしたとある。これまでの文学史が無意識のうちに等閑視してきた豊穣な領域という気がする、期待したい試み。古代から近世までの4区分、時代を概観した後、表現ジャンルごとに活躍した女性を取りあげ、作品鑑賞を交えながら時代の変遷を辿る。教科書風の記述なので、女性文学史の知識獲得のために良い入門書と言える。古典編と近現代編の2巻をセットにして資料として持っていたい。
◎岩淵宏子・北田幸恵編著『はじめて学ぶ日本女性文学史(近現代編) 』(ミネルヴァ書房2005/4)*明治から現代までを6期分け、女性を取り巻く時代状況の概要と小説、短歌、俳句、詩、評論、翻訳、戯曲などの各ジャンルの動向をふまえ、代表的な女性作者とその作品紹介。ほとんどの文学史が男性中心なので、男性である私も気になってこの本を手にした。初めて目にする名前が多く、大変に参考になった。教科書風の編集スタイルが好みが分かれるところかもしれない。
山村修著『遅読のすすめ』(新潮社2002/10)*あまりに面白かったので一気に読み終えてしまった。表面的には、速読多読に対して遅読熟読を掲げているようにみえるが、速い遅いは話を運ぶ繋ぎのようなもの、著者の真意は如何に読書を楽しみ心の糧にしたかという、得難い幸福な読書体験の披瀝にある。心揺さぶられた例や引用カ所の楽しさは、読書のスピードとは無関係に抜群に面白く、本書の価値はそこにある。
◎山崎安治著『新稿日本登山史』(白水社1986/1)*定評のある登山史、膨大な文献の精査もさることながら、滑らかな達意の文章が素晴らしい。500ページを越える大冊が苦になるどころか、古代の原始宗教における山岳崇拝から、現代の登山の大衆化まで、しっかりした資料に基づいた登山の歴史的展開が、透明感のある達意の文章に気持ちよく載せられて鳥瞰的視野で獲得できる。登山文化史の傑作、これを超えるのは至難の業だろう、丁寧な資料の注が大変に有り難い。
◎安川茂雄著『近代日本登山史』(あかね書房1968/6)*人物史のスタイルで書かれた幕末期から昭和40年頃までの日本近代登山人物史、鳥瞰的な展望では<日本登山史>に一歩譲るが、山男達の生き様がよりリアルに浮き彫りにされたもう一つの傑作登山史と言えよう。
◎ヘニング・マンケル著/柳沢由美子訳『殺人者の顔』(創元推理文庫2001/1)*スウェーデン発の警察小説ヴァランダー警部シリーズの1作目、北欧の暗く冷たい情景を背景に、幾重にも日常生活の苦悩を引きずった中年刑事が、殺人事件の捜査に取り組み、スウェーデンが抱える社会問題に巻き込まれてゆくというプロット。主人公が相当にかっこ悪いことと、文体の切れ味が良いことが長所、事件解決への筋道が本格派でないことが気になるが、このシリーズはクセになりそう。
山村修著『<狐>が選んだ入門書』(ちくま新書2006/7)*レビューをアップしてあります。