武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 9月第2週に手にした本(5〜11)

*情けないことに書庫にあることを忘れて同じ本を買ったり、読んだことすら忘れて図書館に予約を入れたりするようになってきた。読んだり読みかけたりした本を備忘録としてメモ、週1で更新しています。(今週もたくさんの本を手にしたが全部読了できたわけではありません。)

◎辻佐保子著『「たえず書く人」辻邦生と暮らして』(中央公論社2008/4)*辻邦生全集の月報に連載されていた夫人の記事をまとめたもの、共に暮らしていた伴侶にしか分からない作品執筆時の周辺事情などが回想されており、月報はまとめて読むには不便な代物なので、辻文学ファンには有り難い。
関なおみ著『時間の止まった家/「要介護」の現場から』(光文社新書2006/2)*在宅介護支援センターの一人の医師の目から見た、介護保険制度からこぼれ落ちた対応困難な例外的事例の現場報告。目を覆いたくなるようなケースが次々と出てくるが、1件に割り振られたスペースが小さいので、悲惨さの奥底を覗き込むような事態にはならないことが救い。介護が必要な状況に陥っていることを、本人自身が自覚できないケースはどうすればいいのか。良い問題提起だった。
山手樹一郎著『明治の人生』(東京文藝社1988/11)*山手樹一郎の短編を8巻本として整理した<人生シリーズ>の8巻目、江戸・幕末・浪人・武家・さむらい・裏町・青春・人生というキーワードでまとめられている。山手樹一郎の短編には、長編とは違った結構の整った渋い味わいがあり、折を見て愉しんできたが、このシリーズのようなまとめ方も悪くはない。長編では気づきにくい作家としての技量が素晴らしい。山手樹一郎の美質は短編によく出ている。
◎門田和雄著『暮らしを支える「ねじ」のひみつ』(サイエンス・アイ新書2009/6)*本文3色刷り、ふんだんに図像を駆使した啓蒙書。きちんとした索引がついて、200ページを越えて、1000円を出ない。良心的な理系の啓蒙書シリーズとして、ブルーバックスと別路線を走る期待の好企画。現代社会に広がるネジについて、ほしい概括的な知識を、よく整理された受験参考書のようなスタイルで、要領よく提示してくれる。複数の有能な編集スタッフが力を結集した成果、読みやすく分かりやすく、読む図鑑のような手軽な感じが気に入った。このシリーズはまとめて手に取ってみたい。
◎H・P・ラヴクラフト著『定本ラヴクラフト全集1』(国書刊行会1984/10)*ラヴクラフトの全集1巻本を原書で入手したが、原文が複雑かつ難解なため歯が立たず、助けを求めて再び本書を手にした。原文を尊重した意味のよく通る翻訳でありながら、作品の雰囲気も大事に訳してある。恐怖や不安感の表現に生涯を捧げた異能作家の執念が行間にゆらめき、酔わせる。
◎H・ヘイクラフト編/鈴木幸夫訳編『推理小説の美学』(研究社1974/6)*1946年発行の原著の54編から19編をセレクトして翻訳した推理小説エッセイ集、46年の時点で英語圏を中心に、推理小説に対する関心がかくも広く高いレベルで論じられていたことに感心した。切り口が個性的で、読み捨てるのが勿体ない名文が揃っている。編者の短い紹介文が気が利いていて素晴らしい。エドマンド・ウィルソンの堂々とした酷評が何とも見事だった。
金子光晴著『下駄ばき対談』(現代書館1995/8)*70年代前半頃、金子光晴は晩年になって金さん銀さんのような人気老人タレントとして脚光を浴びたことがあった、その頃の果実。後に老人力と呼ばれるようになる仙人のような超俗的な人柄の魅力を発散しており、対話からあふれ出る言葉の輝きに目を見張った。