武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 9月第1週に手にした本(29〜4)

*情けないことに書庫にあることを忘れて同じ本を買ったり、読んだことすら忘れて図書館に予約を入れたりするようになってきた。読んだり読みかけたりした本を備忘録としてメモ、週1で更新しています。(今週もたくさんの本を手にしたが全部読了できたわけではありません。)

藤原智美著『暴走老人!』(文藝春秋2007/8)*急激に変貌する現代社会に適応しきれない<新老人>にスポットをあてた高齢社会論の一種、論の展開が性急でやや取材不足の感が拭えない。現代における家族・家の問題を追求してきた延長に、老人問題が浮上してきたという著者の発想の発展はわかる気がする。出来ればキレル老人本人から取材し、キレル老人の立場に立ったルポが読みたかった、無いものねだりか。
山手樹一郎著『浪人八景』(講談社1961/9)*典型的な山手風明朗時代劇、お家騒動もの、快調なテンポですいすい読ませる。ストーリーのつなぎに複数の色模様を配してあるので、味わいはまろやか、殺陣シーンに濁りがなく、読んでいて気持ちよい。30年台の大衆貸本文化に受容された理由がよく分かる。
パトリック・ジュースキント著/ジャンジャック・サンペ絵/池内紀訳『ゾーマさんのこと』(文藝春秋1992/11)*傑作「香水」の著者が書いた奇妙な味の短編小説。友達付き合いの下手な少年<ぼく>の目から見た、戦争で心が傷付いた老人ゾーマさんとの淡いふれあいの物語、孤独と死がテーマだが、翻訳の文体が軽快なので暗くならず、ほのかに暖かい読後感が残る。絵の助けが大きいのかもしれない。
◎ハワード・ヘイクラフト著/林峻一郎訳『娯楽としての殺人』(国書刊行会1992/3)*戦前の1941年に原著が出て半世紀以上たつ古い本、内容に新鮮さはないものの、探偵小説の作者についての記述と厳しい作品の評価に落ち着きがあり、推理小説史の古典として安心して読める。索引と文献案内が充実しており、古典的な時代の推理小説案内として貴重な一冊である。
宮澤賢治著『春と修羅』(精選名著復刻全集近代文学館1972/12)*大正13年3月発行の元版の復刻詩集、麻布のような紙芯なしの布地の装丁は、詩集を布でくるんだような不思議な装丁であり、今でも斬新な造本といえる。何度読み返しても<無声慟哭>と<オホーツク挽歌>に納められている詩編からあふれ出てくる奥深い悲しみに揺さぶられる。
◎狐著『野蛮な図書目録/匿名書評の密かな楽しみ』(洋泉社1996/9)*入手できていなかった最後の狐名義の書評集、このたびネットで格安で入手した。日刊ゲンダイ掲載時の1回分が1ページに納めてあり、数ページずつ愉しんでいる。狐の書評を読んでいると、書評本を無性に読みたくなって困る。狐さんが言うほどに元本は素晴らしくはアルマイなどと憎まれ口を呟きながら、鮮やかな書評文に酩酊する。
辻邦生著『海峡の霧』(新潮社2001/6)*最晩年の10年間に書かれたエッセイをまとめたもの、「微光の道」と2冊で晩年をカバーしている。短文の随想やエッセイの類なので、著者の想いが非常に読み取りやすく、豊かな回想を背景にして、縦横無尽に多様なテーマを語り尽くしてゆく様は見事と言うほかない。磨き抜かれた達意の散文が心地よい。