武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 11月第1週に手にした本(31〜6)

*情けないことに書庫にあることを忘れて同じ本を買ったり、読んだことすら忘れて図書館に予約を入れたりするようになってきた。読んだり読みかけたりした本を備忘録としてメモ、週1で更新しています。(今週もたくさんの本を手にしたが全部読了できたわけではありません。)

サイモン・シン著/青木薫訳『フェルマーの最終定理』(新潮文庫2006/6)*この本を通読するのは2度目、部分的な拾い読みを入れたら何度手に取ったか分からない、数学の中でも最も抽象度の高い数論の世界を、これほど愉しく分かりやすく、エキサイティングに書いた啓蒙的読み物は珍しい。本格推理小説の味わいのある歴史物語とでも言おうか。取りあげてくる数学史上のエピソードが何ともドラマティックで素晴らしい。数学史の語り草になっている名場面が目白押し、読み終えるのが惜しいような一級の娯楽読み物に仕上げた著者の徹底した取材量と構成力に拍手、科学読み物作者としての華麗なデビュー作である。
◎マックス・ピカート著/佐野利勝訳『沈黙の世界』(みずず書房1964/4)*20代の頃、下宿の近くの図書館でふと手にしたのが始まり、<表現とは何か>ということを考えていた頃に出会ったので、森羅万象の背景としての沈黙についての思慮深い著者の言説に引き込まれた。全編、ほとんど散文詩のようにながれる透明感のある叙情的な文体が、若いころの私の陶酔を誘った。今読んでもそれに近い吸引力は変わっていない。原書はテレビ登場以前の1948年に出たもの、メディアへの評が厳しい。
三好達治著『詩集測量船』(新選名著復刻全集近代文学館1974/11)*40年近く前の復刻本、Bookoffの廉価本コーナーで見つけ、即座に購入した。昭和初期の詩集だが、長い昭和という年代の中から生まれた詩集のなかでも、傑作中の傑作、磨き抜かれたフレーズが、静かに読む物の胸に染みこんでくる見事な散文詩、この詩集を読んでいると何も言うことがなくなり、じっと時が過ぎてゆくのを感じるだけでいいと思ってしまう。しばし特別の時間が現前するのは、出版された当初の形によるところが多い。掘り出し物だった。
渡辺武信著『移動祝祭日/『凶区』へ、そして『凶区』から』(思潮社2010/11)*1960年代、もっとも詩的想像力が活発だった「凶区」という同人の詳細な回想録、著者は記録することに手間暇を惜しまない人らしく、本文の微細な記憶の掘り起こしもさることながら、後ろに附された年表が凄い。60年代を詩史的に調べる人にとって、避けて通れない資料となるだろう。中味も、所謂<若き詩人達の肖像>として興味深く愉しく読めた。
◎キャサリン・M・サンダース著/白根美保子訳『死別の悲しみを癒すアドバイスブック/家族を亡くしたあなたに』(筑摩書房2000/3)*最近、肉親に悲しいことがあったのでこの本を実用書として手にした。丁寧に心を込めて書かれており、著者の悲嘆の体験をプロローグにして、第1章が死別の悲しみの総論、2章から6章までが悲しみの5段階プロセス、7章からは子供・配偶者・親との個別的な死別例を取りあげ、10章で集団としての家族の悲しみを、11章と12章で悲しみの意味と悲しみからの回復を語っている。大変にバランスの取れたしっかりした構成になっている。翻訳の日本語も透明感があって読みやすく、悲しみの何たるかを把握する優れた啓蒙書という印象だった、どなたにでもお勧めできる良書です。