武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 11月第3週に手にした本(14〜20)

*情けないことに書庫にあることを忘れて同じ本を買ったり、読んだことすら忘れて図書館に予約を入れたりするようになってきた。読んだり読みかけたりした本を備忘録としてメモ、週1で更新しています。(今週もたくさんの本を手にしたが全部読了できたわけではありません。)

◎メイナード・ソロモン著/徳丸吉彦・勝村仁子訳『ベートーヴェン』(岩波書店1992/12)*資料批判と文献批判に基づいて確かさが保証されたデータだけに依拠し、精神分析の手法を軸にベートーヴェンの生涯を再構成した力作評伝、これまでの伝記作者の憶測や誤解を可能な限り排除して築かれるベートーヴェンの人物像の何とも病的なこと、5部に分けられた生涯の区切りごとに<音楽>の章が付いているのが救いである。父と子の葛藤がベートーヴェンの歪んだ性格を形作り、生涯にわたって影響するところなど精神分析の定石通り。<不滅の恋人>を推理小説の謎解きのようにして突き止めるくだりはぐいぐい読ませる上巻の山場、力作ではあるが、音楽作品の素晴らしさとのギャップ埋まらないのが惜しい。
◎小口達也著『自由葬』(DANぼ2002/3)*宗教的な色彩から離れた個性的で自由な葬儀を様々な具体例をもとに紹介した本、死に対する宗教的な共同幻想から自由になると、清々しくもサッパリとした近親者による様々な葬送の可能性が広がってくることがよく分かるけれど、既存の宗教から離れるための新たな葬送ビジネスがいくつも新たに誕生しつつあることには驚かされた。
◎ジョセフ・H・シルヴァーマン著/鈴木治郎訳『はじめての数論』(ピアソン・エデュケーション2001/8)*アメリカで非理系の学生を対象に企画された数論の教科書、数学的な予備知識なしでも面白いと思える数論の講座を目指した講座のためのものらしい。章ごとに練習問題が付いているので、理解したことを確かめながら進むと時間がかかる。数論の上質なパズルを解くような愉しさが分かる人にお勧め。
谷川俊太郎著『ひとりひとりすっくと立って』(澪標2008/10)*サブタイトルに谷川俊太郎校歌詞集とある通り、これまでに作詞した140の校歌の中から詩として自立性の強い44編を選んでまとめた詩集、校歌として求められる型や制約の中で、持てる言語感覚と表現技術の限りを尽くして作詞された言葉には、谷川さんの詩学の粋が込められていると感じた。途轍もなく上手いのである。プロの詩人の技量とはどんなものか、つくづく実感させられる詩集である。幼稚園・小学校の部がとりわけ素晴らしい。
グレッグ・イーガン著/山岸真編訳『プランク・ダイヴ』(早川書房2011/9)*現代SF界の前衛の最新短編集、本格SFというかハードSFというか、SF的アイディアを前面に出して、文明や個の倫理やアイデンティティを物語の軸にした、文字通り目眩く幻想世界が素晴らしい。解説抜きに次々と繰り出されるSF的ツールやシステムの中には分からない物もあるけれど、筋を辿る大きな障害にはならないのは、プロット自体に推進力があるからだろう。どこからこれほど奇抜なアイディア生まれてくるのだろう、異才と呼ぶしかない。
◎太田匡彦著『犬を殺すのは誰か/ペット流通の闇』(朝日新聞出版部2010/30)*犬をめぐるペットビジネスの実態と行政による年間8万匹の殺処理の実情にせまるルポ、この国の幼齢犬愛好志向とペットオークション取引がもたらす弊害については、もっと鋭く迫ってほしかった。アメリカの殺処分は年間300万〜400万匹と桁外れ、何とも凄い。生き物を扱うと資本主義の市場原理はホラー以上に恐ろしい。