武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 3月第2週に手にした本(5〜11)

*情けないことに書庫にあることを忘れて同じ本を買ったり、読んだことすら忘れて図書館に予約を入れたりするようになってきた。読んだり読みかけたりした本を備忘録としてメモ、週1で更新しています。(今週もたくさんの本を手にしたが全部読了できたわけではありません。

◎木下謙次郎著『美味求真1巻』(五月書房1973/7)*大正13年に元版が出て評判を呼んだ食味随筆の復刻版、40年近く前の本なので入手困難と諦めていたけれど、つい最近オークションで見つけ驚くほど安価で入手出来た。随筆とは言え、漢文口調の文体で大上段に振りかぶった論調が近寄りがたい雰囲気を醸す。第7章に悪食篇という大変に面白い章があり、著者の視野の広さに感心した。素材の美味を引き出さんがための調理法に多く筆を割いて好感が持てる、美味について真摯に考え抜かれた良書。
◎杉山平一著『杉山平一詩集』(思潮社/現代詩文庫2006/11)*大正3年生まれで関西にお住まいの長生きな抒情詩人。日常生活の中から、意外性に満ちたささやかな真実を掬いあげることにかけては卓越した手腕を発揮し続けた。日本的なライト・バース詩人の代表格、庶民生活の断片の奥に痛切な批評眼が隠れている。もっと読まれて欲しい詩人である。
高原英理著『ゴシックハート』(講談社2004/9)*多様なゴシック的表象について集中的かる網羅的に記述されたユニークな評論集、冷たい情熱を秘めた明晰で堅牢な文体で語られる異形な世界の展開は、これまでモヤモヤしていた幻想趣味を綺麗に整理してくれる。読んでいてこちらの頭が良くなった気なするのは良い評論条件。ゴシック入門の良き道案内となろう。
高原英理著『ゴシックスピリット』(朝日新聞社2007/9)*ゴシックと呼ばれている諸々の事象を総括的に論じようとした「ゴシックハート」をさらに補完し敷延するようなエッセイ集、ゴシックという風呂敷にここまで包み込むのかという気もするが、思考の整理の仕方としては面白かった。
◎太田善麿著『塙保己一』(吉川弘文館人物叢書1966/12)*資料として重要な古書の出所を探ると大抵「群書類従」に行き当たり、塙保己一の業績の凄さが気になっていた、その生涯の概要が知りたくなって本書を手にした。著者の堅実な研究姿勢と、晴朗な文体が気持ちよく安心感に浸りながら読める。当時の幕府と周辺の沢山の人材を総合的にプロデュースして古文書蒐集出版の事業をすすめた塙保己一の偉大さがよく出ている。蔵書家の究極の姿がそこから浮かび上がってくる。塙保己一伝のベストか、これを超えるのは難しい。
中津文彦著『塙保己一推理帖』(光文社カッパノベルス2002/8)*塙保己一の生きた人物像を感じたくて手にした。プロの時代小説家の力は凄い。庶民生活の中で発生する事件を通して、保己一の人物の動きと周辺の人物が生き生きと浮かび上がる。綿密な取材と大胆な想像力がなければ出来ない仕事、異色の安楽椅子探偵物として愉しんだ。塙保己一の庶民的な一面が上手く出ているので続編も読んでみたい。