武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 6月第3週に手にした本(11〜17)

*情けないことに書庫にあることを忘れて同じ本を買ったり、読んだことすら忘れて図書館に予約を入れたりするようになってきた。読んだり読みかけたりした本を備忘録としてメモ、週1で更新しています。(今週もたくさんの本を手にしたが全部読了できたわけではありません。
◎長谷川邦夫著『美酒と革嚢/第一書房長谷川巳之吉』(河出書房新社2006/8)*戦前の有名出版社第一書房と関わりのあった人物を調べていて、社主の長谷川巳之吉に興味をもち本書を手にした。2段組で400ページを越える力作評伝。十年以上の歳月、出版人がかつての伝説的出版人の足跡を辿り続けた執念の息づかいが伝わってくる。これ以上の長谷川巳之吉の評伝は当分でてこないだろう。15年戦争という未曾有の民族的悲劇に呑み込まれてゆく出版人の実像に能う限り接近する第二部は十分な読み応えがある。
ダニエル・デフォー作/佐々木直次郎訳『ロビンソン・クルーソ物語』(主婦之友社1947/12改訂版)*改訂版となっているが旧仮名のまま、読みやすいように直次郎が原作に手を入れたダイジェスト版。飽くことなく日常生活の細部にわたって改善と工夫を続けるサバイバルの場面は、何度読んでもわくわくする。
◎プーリモ・レーヴィ著/竹山博英訳『アウシュビッツは終わらない/あるイタリア人生存者の考察』(朝日新聞社1980/2)*この本の原題は<これが人間か>である、ナチの強制収容所の、収容する方にも収容される方にも向けられた、この問いかけが、この苛烈な報告の主題。とりわけ中程にある「溺れるものと助かるもの」の章は、読むのが辛い。ナチスドイツの重化学工業が背後ではいかに密接に強制収容所の奴隷労働と結びついていたか、透けて見えてくるところが怖い。現在の先進富裕国の贅沢が、途上国の超低賃金構造に依存していることに気づいている経済学者はどれほどいるだろうか。
◎本山萩舟著『飲食事典』(平凡社1958/12)*半世紀以上前の本ではあるが、今なお十二分に現役として役立つ食の百科事典。A4版3段組600ページ、平凡社の世界大百科事典のスタイルをそのまま流用している。それもそのはず、世界大百科の和食関連項目の大部分をこの著者が引き受けていたという。自ら料理店を営んでいた経験もあり、記述に偏りや誇張がなく、具体的で明快、料理法にも詳しく読んで愉しい食の大百科。ただ残念なことに、ハ行までの充実ぶりに比べ、編集中に著者が亡くなり遺族による発行のためか、マ行以下の内容が希薄。事典として不完全でも、ハ行までの充実ぶりに他に代え難い価値がある。
◎加藤邦彦著『スポーツは体にわるい/酸素毒とストレスの生物学』(カッパサイエンス1992/11)*20年以上前の本だが、内容は古びていない。安易なスポーツ=健康神話をもとに、オリンピックの年はスポーツ用品の売れ行きが好調になる。この本は、非科学的で行き過ぎたスポーツ熱がはらむ健康被害を警告する良書である。題名も、小見出しも何故か必要以上に挑発的だが、内容は穏やかで説得力がある。スポーツ好きに勧めたい。
◎本山萩舟著『美味はわが家に/萩舟食談』(住吉書店1953/5)*「飲食事典」の著者による食の随想集、事典の文体の硬さが抜けて、穏やかなくだけた筆致が読みやすい。灰汁の強い食へのこだわりからではなく、食への広範な関心と、溢れんばかりの知識が生み出した豊かな文章である。家庭料理の重要性を強調されているが、具体的な提案は見あたらない。