武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 9月第3週に手にした本(17〜23)

*やっと季節の変わり目が来たようだ。日中の暑さに勢いがなくなり、雨雲が度々空を横切るようになった。季節は変わりはじめると速い。夕方から秋の虫も鳴き出した。今週、ネコのわめき声が聞こえた、年に2回の恋の季節が訪れているのかもしれない。秋の先触れに聞こえた。

山田風太郎著『明治断頭台』(文藝春秋1979/2)*明治初期の国家体制が空白だった時期を舞台に、役人の腐敗を裁く太政官弾正台大巡察を務める若者二人が、時代の矛盾に満ちた暗黒面に踏み込んでゆく。乾いた筆致で時代の情景を蘇らせ、意外な歴史上の人物が登場し、興趣つきない本格推理を展開する。明治ものを書くことによって山田風太郎は作家として完成期をむかえたようだ。

山本作兵衛著『新装版/画文集/炭坑に生きる』(講談社2011/7)*67年発行の画文集が、世界記憶遺産登録をきっかけとして蘇った。石炭産業盛んなりし頃の過酷な炭坑労働の実態が、記憶を紡ぐことに特化したような不思議な画法を通して描かれ、朴訥な説明文と共に見事に定着されている。重要事項をテーマにした 連作形式で多角的に描き出す表現力が凄い、無理してドラマ化しない事実の力を痛感した。

逢坂剛著『カディスの赤い星』(講談社1986/7)*日本とスペインを舞台にしたスケール感のある痛快冒険小説、視点人物になっているPRマンの軽口がストーリー展開を滑らかにしている。著者のフラメンコへの愛着が物語の味付けとなり、筋書きに一本の芯を与えている。冒険小説に軽さを持ち込み新しい可能性を示唆したが、この道は細くきびしい。

◎黒澤和子著『黒澤明の食卓』(小学館文庫2001/7)*「黒澤明の食卓は、何時も映画作りの延長線上に位置していた。」「映画の現場では無論映画監督だが、食卓の監督も父である。」まえがきに書かれているこのフレーズが内容を代表している。4章構成の1と3,4章は黒澤明の食のエピソード、2章が黒澤家の代表的料理の簡単レシピ、この章を読むと黒澤家の食のベースが、きわめてオーソドックスだったことが分かる。黒澤家の食卓は食の基本の延長線上にあった。