武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 12月第1週に手にした本(3〜9)

*もう12月か、というのが正直な感慨。一年の時の経過の早いこと、まさに光陰矢の如し。可能な限りやりたくないことから身をかわし、やってみたかったことの中の、今できそうなことから手を付けるようにしている。こういう日々を過ごしていると、乗り物の窓から見える風景のように、時がアッという間に飛び去ってゆく。やっと手に入れた自由な時間が得難いものだと肝に銘じている日々である。

◎エミール・マール著/柳宗玄、荒木成子訳『ヨーロッパのキリスト教美術』(岩波書店1980/9)*この本を手にすると、ヨーロッパの教会建築を飾る見事な装飾の意味が、異邦人である私にも、鮮やかに見えてくる海外旅行の最良のガイドだった。具体的に個々の図像がどうのこうのと言うよりも、概念の広がりと奥行きで、そこに壮大な世界観が横たわっていることを説得的に語ってくれる本物のガイドブックだった。発行時は高価だったが、今は文庫化され単行本も古本で入手しやすい。見慣れない固有名詞の連続を、入念な注が補ってくれて、本文の流れは日本語としてとてもわかりやすい名訳の一つ。

◎エミール・マール著/田中仁彦、磯見辰典、池田健二細田直孝訳『ゴシックの図像学(上/下) 』(国書刊行会1998/3)*上記の岩波版は、この<中世の図像体系3部作>の簡約版だった。岩波版は、ハンディで分かりやすく手頃だったが、こちらの方は原作のほうでもあり記述が詳細、読み応えがある。多様なキリスト教関連図像の伝播と変遷が克明に実証され、その記述も精彩に冨み、知のゴシック建造物に包み込まれるようなこってりとした味わいを愉しめる。ヨーロッパの中世世界が鮮やかに蘇る良書。高価だがこの本の価値の分かる人は入手するに違いない。出版に漕ぎ着けた出版社と翻訳者に賛辞を送るべきだろう。なお、原注を後ろに一括し、訳注を本文の中の括弧中に小さく示してあるのが分かりやすく読みやすい工夫である。

沼正三著『家畜人ヤプー』(角川文庫1972/11)*この作品は何度も手にしているが、今回はその振仮名(ルビ)に着目して流し読みしてみた。一部の読者に頻出するルビが不評だったと後書きにあるが、見るところ、2000年先の超未来SFである本書の、読みどころの一つでもある未来のテクノロジー語句に振られたカタカナルビは、荒唐無稽感を抑制するための作者の苦心だった。本書の読者は、カタカナとひらがなに区別されたルビと本文を対照しながら、ゆっくりと読み進めることを期待されているようだ、これほど速読に不向きな本も珍しい。この本は懸命に筋を追っては面白くない。ゆっくりと奇想天外な作者の着想を愉しみながら読むのがいい。

◎窪田空穂著『窪田空穂全歌集』(短歌新聞社1981/12)*折にふれて窪田空穂の老年期の歌の世界に遊ぶことが多いので、手頃な価格の本書を手にした。千ページを超える大冊なので携帯には全く不向きだが、自宅で愉しむにはこれ以上の空穂歌集はない。軽佻浮薄の対極を生きた人だが、感性の根がきわめて庶民的なのがいい。