武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 3月第4週に手にした本(25〜31)

*本格的に桜が咲き出した。豪華絢爛たるソメイヨシノの満開風景は、視界を専有する面積が広すぎて、しばらく見続けていると飽きがでてくる。桜の名所と言われている所では、桜を見るよりも桜にかこつけた飲み食いに気持ちがゆくのも分からないではない。寿命60年と言われてきたが、もっと長生きらしいことがわかってきた。風格すら漂わせる桜の老樹の見事な咲きっぷりを今年も堪能しよう。

柳原良平著『船の本』(至誠堂1968/5)*ホビー(趣味)とはいかにあるべきかのお手本のようなイラスト満載の船のエッセイ集。デザイナーが自らの楽しみのために作った本らしく装丁が秀逸、69年代の書棚では異彩を放っていたものだった。今回、5冊をセットで入手できたので、じっくり愉しむことにしている。

矢内原伊作編『辻まことの世界』(みすず書房1977/11)*名著虫類図譜が半分を占め、あと半分は著者の随筆をゆるやかなテーマごとにセレクトしたもの。超モダンでありながら同時に確かな現実主義を貫く自在な精神のあり方が古さを感じさせない。作為を感じさせないようにしているが、文章のスタイルにこれほどこだわって書く人も珍しい。虫類図譜が著作1作目とは恐れ入る。

斎藤茂吉著『斎藤茂吉歌集』(ワイド版岩波文庫1991/12)*文庫版は所持しているけれど廉価コーナーで見つけ、綺麗な本だったのでワイド版を買ってしまった。読みやすい。茂吉の名作選。大らかで朗らかでしぶとい強さが光る茂吉の歌を読んでいると、しぼみかけていたこちらの気持ちに張りが回復してくる。こういう眼で情景を見ている人がいたのだと思うと気分が落ち着いてくる。良い歌集は穏やかに効く精神安定剤となる。

◎堀秀彦著『銀の座席』(朝日新聞社1981/6)*80年頃、朝日新聞の金曜版に連載された老年期をテーマにしたエッセイをまとめたもの、当時中年にさしかかったばかりだったので、他人事として読んだだけだった。今回、当事者として読みなおして、著者の赤裸々で切迫した語り口に驚いた。80年代頃、少しずつ将来のこの国の高齢化が意識され始めた。今やその高齢化社会の真只中、あの頃は介護保険制度など影も形もなく、介護という言葉すら存在しない時代だった。時代は確かに進んだが、まだまだ十分ではないことを改めて痛感した。銀の座席は座ってみないことには座り心地は分からないということか。