武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 新たな生活空間の構築(2)


 山荘を手に入れてから、やらなければならない生活の作業内容が一変した。読書中心の生活ではなくなり、蔵書の梱包と運搬はもとより、本棚などの住居改装のための木工作、部屋の大掃除もやればやるほど作業が増え、手の着かない課題が増えるばかり。外に出れば、雑木林の手入れに廃材の処理、雑草の刈り取りに樹木の剪定、なにから手を着けたらいいか迷うことが多い。


 先日、気になっていたご近所の挨拶回りをやっとすませた。とは言えご近所といっても近くにお宅は3軒しかない。人口密度の低い山間部なので、すこし離れたところにその3軒があり、1軒は車で行ったほど(笑)。互いに家族構成と何を生業にしているかを自己紹介しあい、今後のお付き合いのほどをよろしくと言う簡単な挨拶を交し合った。
 そろってどの家にも犬が飼われており(多分番犬)、1軒では何匹もの猫たちがのんびりと寝転んだりじゃれあったりしていた。この地域の長閑な生活ぶりをあらわしている気がした。地域の生活に溶け込み波風を立てないように気をつけようと改めて思った。


 この4月はいつ行っても敷地で一日中ウグイスが鳴いている。一時的な滞在ではなく、どうも特定のウグイスの縄張りになっているようだ。また、最近になって気がついたことだが、高さ20mほどにも成長した見たこともない背高のっぽのヤマザクラが何本か、遥かな高みで花を咲かせた。まったく桜らしくない桜だ。地面はと見ると、カタクリの後は、至るところヤマユリの苗が伸びてきている。ワラビもあちこちに生えてきた。ヤマツツジも園芸種ではなく原種にちかいのが蕾をつけている。(画像は高い位置で咲き誇るヤマザクラ

 挨拶回りをしていて、ここは一面にヤマユリが咲き乱れると聞いた。カタクリのことは皆さんご存知だった。ここは山林なので、都会の囲い込まれた庭のような所有者の閉鎖的な占有地としての庭ではなく、季節の変化をみんなで楽しむ開放的な空間のようだ。こういう感覚はきらいではない。


 クマザサについても認識を改めた。当初は雑草としての認識しかなく、いかにして退治するか、そればかり考えていたけれど、掘り起こしてみると根の張り具合があまりに複雑かつ見事なので、これは傾斜地の表層土壌の流失を防いでくれている有益な植物というふうに見方を変えることにしたのである。
 根こそぎ退治するよりも、場所を限定して茂り具合を調整して、土壌の保護に一役買ってもらう事にした。斜面のきついところの下草としてクマザサに茂ってもらい、その代わり高さは50cm程度に刈りそろえようかと考えている。荒れ果てた感じにはしたくない。それにしても山荘での一日はとても短い。