武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 新たな生活空間の構築(36)


《避難小屋としてのセカンドハウス》

自然災害や原発事故で家を失うことの悲惨を見聞きする度に
マイホームを維持管理してきたことの重みとあやうさを改めて意識した。
武蔵野の片隅にある現住所の住まいを手に入れたのは三十数年前
安心して子育てが出来る環境の良い場所を条件に
手ごろなマイホームを各地で探し回って見つけたお気に入りの物件。
ローンを組んでやっと手に入れたその我が家も古くなり
いたるところ磨り減ったり黄ばんだりして劣化した箇所が少なくない。
二人の子どもたちが独立するまでの長い年月
我が家はベースキャンプとしての役割をよくはたしてくれた。
様々なリスクにさらされている現代社会の中で
ここまで来られたのは幾つもの幸運に恵まれた結果であることを
忘れないようにしなければと思う。


風水害などの自然災害のリスクは十分に考慮したうえで
住まい探しをしたつもりだけれど地震や火山、原発事故などの他にも
思いがけない事故や病気、資産価値の低下など、
結果として住環境を悪化させる要因は数え上げればきりがない。
今回、ひょんなことから二地域暮らしという選択をしてみて
マイホームという一極集中型の人生設計が
いかにリスキーな暮らし方だったかということに
改めて気がついたのでそのことについて少し書いてみたい。


例えば四十代の半ば頃、何らかのきっかけで職を失い
再就職が困難な状況に置かれてローンの返済に困ったら
子育ての出費に追われながら住まいを失い、
家族は崩壊の危機に瀕していたことだろう。
いつ起きてもおかしくないと言われている首都直下型の地震
武蔵野に近い位置で発生して
住まいに大きなダメージが発生していたらどうなっていたか。
マイホームに総てを一極集中してしまうライフスタイルには
言い知れぬ脆さを感じてはいたけれど、どうすればいいか分からなかった。


かつて別荘をもっている知り合いが
地震が起きても我が家は避難先があるから安心と言うのを聞いて
よく意味が分からなかったが、今は分かる。
独立した子どもたちを含めて若くても年取っても
家庭をもち子育てが始まるとどうしても一点にリスクが集中してしまう。
万一の場合、皆が一時避難できる場所があれば安心ではないだろうか。
渡り鳥のように暮らせればいいのだが
それはまた別の意味でリスクとストレスの多い生活だろう。


何かあったら住まいを移してしばらく様子をみて時間をかせぎ、
再出発に備えることの出来るセカンドハウスがあれば
危機に見舞われた時、命永らえることだけを考えればよくなり
それだったら避難行動はかなりやり易くなるはず、
余裕をもって最適な行動を選択できる気がするのである。


山荘に避難小屋としての機能をもたせるにはどうすればいいか。
防災グッズや非常持ち出し品チェックリストなどを調べてみたが
いまひとつピンとこないものが多かった。
医薬品など最低限の備品、救急用品はすでに用意してある。
工具だったら、現住所以上に充実している。
少し考えて気づいたことは、山荘にたどり着けるだけのガソリンが
クルマに残っているように気をつけることぐらいだろうか。