武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 新たな生活空間の構築(57)


《昆虫記誕生の地アルマス》

ファーブルは56歳の時、セリニアン村の一角に
中古の家屋を手に入れ移り住んだ。
住まいの敷地は約1ヘクタール、
手入れされていない南仏の荒れ地の広がりを
喜びと謙遜をもってアルマスと呼んだ。
ファーブルはここで全10巻の昆虫記の9巻分を執筆
誰に気兼ねすることもなく自由に昆虫の生態研究に打ち込んだ。
昆虫記の2巻目冒頭にはアルマスの章がみえる。
(画像は静けさに満ちた雨の日の朝のひと時)


昆虫記を読んでいると、
詳細緻密な昆虫の生態研究の合間に
観察を妨害されて悔しい思いをしたエピソードが
繰り返し何度も出てくる。
安心して虫の研究に没頭できる場所に
どんなに憧れていたことか
自分のことのようによく分かる。
理由もなく他人が入り込むことのできない所
それが私有地の意味。


ファーブルは広大なアルマスの周りに
高さ2mほどの土塀を築き
周囲からアルマスを隔離し切り離した。
自分の研究室には
自分以外を立ち入り禁止にし
昆虫記執筆の静謐な空間を確保した。
フランツ・カフカの城のような
世間から隔絶された無重力空間
厳しく管理された魂の繭玉
そこに使い古した小さな木机が置かれ
そこで錬金術に耽る魔術師の指先から
本能の神秘を語る黄金の言葉が紡ぎだされた。


一度行ってみたいと思っているが
まだ果たせていない憧れのアルマス。
赤城山荘をアルマスに見立ててみたこともあったけれど
山荘は塀も門も垣根もない老後の気ままな自由空間
苦難に満ちたファーブルの生涯の最終章を飾る
博物学者の鋼鉄の牙城に比すべくもないけれど
朝晩の静寂と季節感たっぷりの雑木林が
私は気に入っている。