武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 ナノテクノロジー入門・川合知二著(オーム社)現在進行形の21世紀のキーテクノロジー ナノテクノロジーをもっと身近に

toumeioj32005-06-13

 ここ数年、ナノテクノロジーと言う言葉を新聞の科学欄などで眼にすることが多くなった。ナノメートルが1mのマイナス9乗のきわめて小さい単位であり、その小さい単位を取り扱う現代の最先端技術がナノテクノロジーだということは知っていた。その小ささを技術の対象にする事が何を意味するのか。また私達の生活や社会とどんな関係があるのか良く分からなかった。失礼ながら、多くの庶民の方々もそうではないだろうか。
 ところでこの入門と銘打たれた本を読んでびっくりした。説明が明快で非常に分かりやすく書かれている。どんなに難しいことでも何とか工夫して、わかりやすくするというのは、極めて貴重な才能だ。著者の分かりやすく解説するという類稀な才能にはじめの数ページ読んで脱帽した。しかも面白い。苦手な科学の本なのにぐいぐい読ませる。心躍らせる読みものとして1級品。
 さて、内容だが1章「ナノテクノロジーが世界を開く」2章の「ナノメートルの世界で何が起きるの?」この2つの章でナノテクノロジーについて基礎的な知識が与えられる。著者によるナノテクノロジーの定義は「ナノメートルの大きさで物質や材料やシステムをコントロールして、新しい未知の機能を育てる学問もしくは科学技術」とされている。これだけでは訳が分からないと思うが、具体的ですっきりした語り口に引かれてたちまち先へ読み進んでしまう。最近、ややSFが面白くなくなっているようだが、1級のSF小説よりはるかに面白かった。具体的で体系的な知識なので、トリビアリズムではないが、感心の連続だった。素晴らしく面白い。
 次の3章「ナノテクノロジーの基礎となる技術」という内容で、物質をナノという大きさで扱うのに必要な解析技術、研磨技術、造形技術、物質造形プログラムの自己組織化の概念、ナノの世界の物質特性など、極めて難しそうな技術の話を、すごく分かりやすく平易にしかも面白く記述してある。この才能はうらやましい限りである。少しでも見習いたい。
 次の4章、5章、6章では、ナノテクノロジーの各応用分野での最新情報。4章「情報通信技術のナノテクノロジーではIT分野でのナノテクノロジーの驚異的な近未来が。5章「バイオのナノテクノロジーでは生命および生き物などにかかわるバイオの世界におけるナノテクノロジー関連の近未来像が。6章の「エネルギー・環境分野のナノテクノロジーでは21世紀の技術課題が集中する両分野にとって救世主的なナノテクノロジーの意味合いが語られる。
 次の7章「統合の科学の時代へ」では、ナノテクノロジーと現代世界、産業社会、科学技術全般との関連と位置づけを総合的にもう一度見直す。
 最後のエピローグは21世紀の科学技術を彩る「ナノテクノロジー」を語る として、著者と元大阪大学総長熊谷信昭氏との対談。
 ほぼ全ページに素人でも分かりやすいように図版や写真が配置されていて、その図版や写真だけでもびっくりしたり感心したり、日常生活ではお目にかかることのない珍しいものがほとんど。私達は、普通に新聞を読んだりテレビを見たりしているだけでは、この社会のどこかでしのぎを削るようにして開発が進められている科学技術をあまりにも知らなさ過ぎることに、無知ゆえの恐怖に近いものを感じた。この国のマスメディアの科学報道がお粗末だとは、これまでもよく言われてきたことだが、子ども達や若い人たち理科離れが嘆かれている昨今、大人である私たち自身がもう少し現在進行形の科学技術に耳と眼を向けておくべきだと痛感した。眼から鱗の得がたい1冊だった。是非、お薦めしたい。