武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

バッテリー②あさのあつこ(角川文庫) 中学校生活にカルチャーショックを起こす巧と豪 http://d.hatena.ne.jp/toumeioj3/20050518の続き

toumeioj32005-06-26

 第1巻が地方都市新田市への到着と春休み中の中学へのウォーミングアップ編とすれば、この第2巻目は、巧と豪のバッテリーの新たな中学校生活へのスタート編。
 中学校は、この国の教育制度の中でも最も多くの矛盾と困難をかかえている所。3年間だがほとんどの子ども達が初めて迎える人生の選別過程の第1段階、しかも反抗期と思春期の真っ盛り。大人ほどの決定権も分別もなく身体ばかりが驚異的に成長する時期、わけが分からず中途半端で宙ぶらりんな子どもでも大人でもない過渡期の中の過渡期。そんな時期が中学校。作者はこの中学校という舞台を描きたかったに違いない。
 巧と豪は、まず中学校の管理体制に衝突する。中学校の部活動とりわけスポーツ部も不思議な場所だ。指導者のありようによって大きく変わってしまう3年間の年功序列社会。巧と豪は、1週間の入部猶予期間を自主トレーニングで過ごす。この自主トレーニングが、二人を他の野球部の新入部員から浮き上がらせてしまう。そして、いよいよ野球部に入部。すべてを上級生(いわゆる先輩)と指導者に依存せざるを得ない新入生が、独自に自主トレだなんて、これだけで十分に目立つし、生意気なこと。(こんな自立した中学1年生いるかしら、いたら面白いに決まっている)そして、直ぐに物語りは面白くなる。
 風紀委員会(今時こんなのあるのかな)の抜き打ち服装検査にひっかかり、風紀委員会顧問の教師のところへ、その教師が野球部顧問を兼ねる戸村真(あだ名はオトムライ)。戸村と巧のこのいわくありげな出会いのシーンがいい。古いチャンバラ映画の達人同士の出会いのようだ。作者は、こうゆう典型的な場面作りのコツを心得てやってくれるので嬉しくなってしまう。これを読むのが子どもならワクワクドキドキするに違いない。
 物語に彩を添える脇役がまた面白い。巧の担任は草薙先生、やさしいが煮え切らない性格設定。豪の担任は小野先生(あだ名は小町先生)、美人で気転が利き、何かと二人の味方になってくれる存在。巧のクラスメートである矢島繭という可愛い少女もいい。これらの脇役の配置が物語を面白く盛り上げる大事な要素、作者はこの点でも十分に心得た配置をしてくれる。サービスが行き届いている。
 いよいよ野球部の部活動が始まる。野球を軸にした物語には、メンバーの個性の配置が重要。キャプテンは生徒会長の海音寺、副キャプテンでキャッチャーの展西、技巧型のピッチャー緑川。新田東中の野球部はこの3人を軸に動いていることが分かる。練習一日目で巧と豪の実力が監督戸村によって試される。このシーンもうまい。何がどのように面白いか書いてしまうと読む意味がなくなるので書かないが、相手の実力を知る瞬間、ゾクゾクするような緊張が走る。類稀な指導者が、類稀な素質に遭遇するシーンだ。ここも読ませます。
 原田巧の祖父、往年の高校野球の名監督井岡洋三と戸村真の出会いと、過去の因縁話も、物語の背景を充実させている。2世代の指導者同士の交流が、物語の背景になって、巧と豪を見守ってゆくことになるという物語の仕組み。
 そしてついに始まるイジメとリンチ。この2巻目のクライマックスは、野球のシーンではなく人気のない用具室での暴力シーン、秩序をかく乱する天才ピッチャーと年功序列を軸にするチームワークの中学校野球部先輩、期待通り流血の惨事に発展。
 クライマックスの最後の話し合いの一場面を引用しよう。ここにこの2巻目の対立の構図が集約されている。この切れ味のいい会話の緊張したやり取りを見てほしい。交友場面を随所の配置してドラマ展開を見せてくれるのが作者の手腕。じっくり味わいたい名場面だ。

 展西は緑川を無視するように、巧の方に向いた。
「原田、おまえ……野球が好きか?」
 巧は、大きくうなずいた。
「好きです。野球部に入るために、中学にきたようなものですから」
「そうか、そりゃ幸せ者じゃ」
「展西、監督の血、とまらんぞ」
 緑川は、ふるえが伝わるような声で言った。
「頭は、特に血がたくさん出るとこなんです。頭、高うしてたほうがええと思うけど」
 豪が、答える。展西は、無表情のまま巧に向かい合っていた。
「展西さんは?」
「え?」
「展西さんは、野球が嫌いだったんですか?」
「好きでも嫌いでもねえよ。どうでもよかった。中学なんて高校へのステップにすぎんのじゃから。野球部でちゃんと活動してたら、内申ぐっとよくなるなんて、先輩から聞いと
ったからな・・・・。べつにバスケでもサッカーでもなんでもよかったんじゃ」
 ひと息のみこんで、それでもと展西は続けた。
「ほんま、まじめにやってたんだぜ。やっぱ、試合に勝ったら、ちょっとは嬉しいし、負けたらちょっとは悔しいしな。部活して勉強して委員活動して、塾もあるし、まあ、忙しいから嫌になることはあったけど、がまんしてそこそこやってたんじゃ」
 展西の身体が、急に巧に真っ直ぐに向かい合った。
 飛びかかってくる−。
 巧は、あごを上げてこぶしを握った。豪が半歩、前に出る。しかし、展西は動かなかった。かわりに、今まで面のように表情のなかった顔に、血が上っていく。まぶたがわずかに痙撃していた。
「おまえさえ、人部せんかったらよかったんだよ。おまえみたいに言いたいこと言うて、やりたいことやって……好きかってやりやがって、それでいきなり先発だと。ふざけんなよ。なんのがまんもせんといて、自分の思いどおりのことやって……野球が好きだって……ばかにすんな。ふざけてるよ。おまえも監督もふざけとるんじゃ。どっかおかしいんだよ」
 展西は目をつぶり、深く息を吐いた。オトムライが何か言った。呻きにちかい不明瞭な声は、ほとんど聞きとれない。

 こうして中学校生活という最初の試練を通過したバッテリーは、3巻目でいよいよ野球と言うゲームを通して、強敵に遭遇することになる。
 作者の言葉では、当初は1巻目だけの物語だったようだ。物語に力があって続きに発展していったという。似たようなことを聞いたことがある。傑作、力作が生まれるのはこういうときだろうと思う。<続く>