武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 8月26日のNHK金曜時代劇で6回シリーズの放映が始まり、第1回分を引きこまれて見てしまったので、久しぶりに原作の方を読み返してみた。こちらの方もテレビに劣らず面白くて、一気に最後まで読んでしまった。

toumeioj32005-08-27

 舞台は何藩か特定できないが、さる北国の小藩、藤沢周平の良く使う手法で、完全にその藩の中だけの権力闘争にかかわるお侍さん達のお話。原作は7編から成るやや独立性のある短編が連作形式でつながり全体として長編のまとまりを作る、よくある短編連作による長編時代劇。
 家老職をめぐって争う現職家老とその職をねらう元家老がいて、6年前の家老暗殺事件の謎と犯人を追及するミステリーの展開で構成されている。暗殺に使われた「馬の骨」なる秘太刀の継承者をさがして、現職家老に捜査を依頼された浅沼半十郎と江戸から来た剣客石橋銀次郎の二人が、次々と疑わしい剣の達人達と試合を重ねるもの。1回ごとの相手が変わり、人間の個性も剣の個性も違い、他流試合を禁じている流派の決まりを崩す作戦も相手によって変えてゆくので、その変化を楽しみながら、毎回のスリリングな試合をクライマックスに話を盛り上げて次第に謎の中心に迫って行く。
 独特のユーモアを交えて描き出す相手の剣士の人柄や風采、戦いのシーンの工夫を凝らしたアクション、楽しませ所をしっかりと押さえた娯楽時代小説としてきちんと作られている。狂言回しの役割を振られた2人の人物にもう少し魅力があれば、物語にもっとふくらみが出たように思う。
 テレビではどんな扱いになるか楽しみだが、半十郎の妻の杉江が、2歳の男の子を病気で失いノイローゼを患って出てくるが、終始半十郎を悩ませる役割を引きずりながら、最後に見事な解決の場面があってこの物語を締めくくるところが、強く印象に残る。藤沢周平の長所に、女性の活躍の場面が、素晴らしく輝いて見えるところがあげられる。女性の描き方が実に上手い。ノイローゼを病んで杉江が半十郎に絡むくだりなど鬱陶しくていらいらするほどリアル、最後の病気回復のシーンと好対照。どろどろした男達の権力闘争が、杉江のワンシーンで救済される。男同士の戦いよりも、遥かにスカッとする。
 最後まで読んで、謎が残る。秘太刀の継承者が、本当は誰なのか、記述としては明記されていないのだ。かなりはっきりした暗示として示されるが、最後まで暗示のままで、謎は宙に浮いたまま物語は終わってしまう。物語の構成上、そうゆう終わり方で不自然にならないようになっているが、面白い終わり方だと思う。さて、テレビでは、ここのところをどう料理するか、最終回だけは見逃さないようにしよう。