武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 これは、何時読んでも昔懐かしい少年時代に引き戻してくれて、読み進むにつれ読者が心癒される稀に見る傑作博物誌。それもそのはず、サンケイ児童出版文化賞と国際アンデルセン賞優秀作品賞をダブル受賞した児童文学の押しも押されもしない傑作エッセイ集。しかし、残念なことにネット上どこを探しても新刊本は品切れ、申し訳ないが古本を探すしかないのが現状のよう。

toumeioj32005-09-05

 初版が偕成社からでたのが1975年、今からたった30年前なのに、こんな素晴らしい本が手に入らなくなっているなんて、何ということ。確かにチト地味ではあるが、何かとせわしないあわただしいこの時代、週末のひと時をこんな優しい静かな本で過ごすことこそ、本当の読書の贅沢ではないかと思うのだが。
 では、内容の紹介に移ろう。舟崎さんは、東京は豊島区の生まれ、1945年生まれだから、戦後とともに成長してきた人、と言うことは、1955年ごろから始まる里の自然破壊以前に、うまく少年時代を過ごした最後の世代と言えばいいか。豊島区がまだ原っぱをかかえ、はびこる自然とそこのに暮らす多様な小さな生き物達と人間達が隣り合わせに暮らしていた時代、生き物が好きな子どもが何を見つけ、何を感じ、何を相手に遊び暮らしていたか、身近な動物達との交流を軸に、丁寧にしみじみと書いてくれているのがなんとも言えない。
 私にも経験があるが、この時代、野鳥がずいぶん身近にいて、知り合いに野鳥を飼い育てている愛鳥趣味の人がとても多かった。野鳥の飼育が、大人の立派な趣味として通用する時代だった。だから、この時代、動物好きの少年は、自ずからなる鳥好き少年になることも、自然に頷ける。舟崎少年も当時の生き物好きの少年の例に漏れず、鳥に特に興味があったらしく、鳥小屋まで庭に作ってもらい野鳥との様々な交流を経験している。目次を拾ってみると、

ヒキガエル  コウモリ  トカゲとヤモリ  コジュケイ
犬  ウグイス  ヒバリ  カッコウ
モズ  ヤマガラ  鳥かごの家族たち  モグラ
カルガモ  リス  十姉妹・錦華鳥  エナガ

 16編のうち10編が鳥の話だ。とりわけカルガモの雛を育てる話は、愛鳥家少年の心情をよく映し出してホロリトさせる感動物。そして、時代の変化を反映して、急速に野鳥が身の回りから姿を消していくとともに、舟崎少年の心が野鳥から離れていくところは何やらさびしい。野鳥を飼うことが困難になるとともに、庶民の暮しからたちまち多様な野鳥が消えうせてしまった。野鳥の飼育が禁制の時代になって、野鳥は庶民の生活と無縁になってしまった。
 従って、この本は、子ども時代を多様な生き物や野鳥達とともに暮らせた、かつての古きよき時代への懐かしい鎮魂譜ともいえる。もしかすると、今の若い人にこの本を薦めるのは、酷な事になるかもしれない。失われた自然は、もう戻ってこないかもしれない。私たちはたくさんのものを失ってきた。今後、さらに、何を失うことになるのやら・・・。