武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『窓際OL トホホな朝 ウフフの夜』斉藤由香著(新潮社)

toumeioj32005-09-06

 作家の息子や娘、孫たちが、素晴らしい文章力を駆使して活躍するのを見ると、文章力は遺伝するのかな、と不思議な気がする。ちょっと思い浮かべるだけで、何人も名前が浮かぶ。この本も、「祖父・斉藤茂吉、父・北杜夫」という帯の文句に目が行き、秀逸な題名を見て、躊躇しながら買ってしまった。
 しかし、読み始めたら、止まらない、面白可笑しく一気に読める。エッセイなので目の付け所と、ネタの裁き方、文章のうまさの3条件が必要だが、この本を読む限りその条件を十分すぎるほど満たしておつりが来るほど。
 まず、作中の自分(イコール話者)の設定がうまい、自称<窓際OL>、ひとりでボケ役と突っ込み役の両方を演じられる仕掛けがよかった。しかも始まりが「精力剤を売る女」、表題のトホホとウフフのバランスも絶妙でユーモアの感覚にあふれ、何度もにんまりさせられた。
 内容は大きく分けて、3部構成、中間に著者と北杜夫阿川佐和子の爆笑対談「楽しきかな おまけ人生」をはさみ、前半部と後半部に分かれる。前半は、多分サントリーだと思うが、その会社の職場をネタにしたオフィス風景、社内のことをネタにしてこんなこと書いていいのかなと心配になるほどそのドタバタ模様が面白い。笑いつつ心に残るのは、いい職場だな、こんなところで働いてみたいなと言う感想、著者の人柄のなせる業だろう。ちっともいやみな感じがないのがいい。
 後半部は、著者を一人娘とする北杜夫一家のしみじみとした思い出話。一転して、父親と母親の馴れ初めから育ってきた年月が著者の中に残した、掛替えのない思い出の数々、ここでも著者の筆は軽快に思い出をさばいて、暗くなりそうな深刻な話題を明るく語りついでゆく。前半部と後半部は、長調短調ほどトーンを変えているが、底辺に流れるものは同じ、屈託のない素直の著者のものの見方だと感じた。かつて北杜夫の愛読者だっただけに、小説が書けなくなった作家の家庭を覗き見しているようで、チト切ない内容。親子の愛情はしっかり伝わってくるだけに、読んでいてシュンとさせられた。
 斉藤由香さんのこれは第1作、いいネタをふんだんに使って書いたのはいいが、第2作目は大変だろう。今度は、どんなネタを、どう美味しく料理してくれるか、次作を楽しみにして待つことにしよう。