武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 ジム・ロジャーズ著・林康史+林則行訳(日経ビジネス文庫)

toumeioj32005-10-21

 バイクを乗り物に使った旅行記は、自分でもバイクに乗りツーリング好きなので、これまで可なりの数読んできたが、そんな数あるバイク旅行記の中でも、これはベスト5の確実に入る1冊。バイク旅行記の枠を突破して、世界認識あり方の一つを、具体的に提起してくれると言っても、大げさすぎないほど読み応えがある。私を含めバイク乗りには、気はいいがややわが道をゆくといった気難しい面がありがちだが、有名な投資家のジム・ロジャーズさんのバイク紀行は、実に素直、そしてとてつもなく大胆、若者にぜひ薦めたい。
 1、バイクに乗って走らなければ決して見えてこない風景と言うものがある。列車やバスや自動車からでは見えるはずもない、土地のダイレクトな肌触りとでも言えばいいか、文字情報や映像情報からは抜け落ちてしまうリアルな現実感、それを感受するには歩き回ったり暮らしてみたりするのが一番だが、それではスピードに欠ける。全世界、地球全部を見るとなると、一生かかっても時間が足りない。ジム・ロジャーズさんがバイクを選択したのはさすが。
 2、物を見るには、見る人の鍛えられた頭脳が必要。昆虫記のファーブルが師と仰いだ先生は、盲目の昆虫学者だったという。鍛えられた頭脳があれば、自分の眼がなくても立派な昆虫観察ができる。物を見るのに何が必要か、教えてくれるエピソードだろ思う。ジム・ロジャーズさんの頭脳は、資本主義の牙城、ウォール街で鍛えられた投資家の頭脳、また投資家になる前の幅広い学習、人々の暮らしの端々から何を読み取るべきか、何が読み取れるか、その視線の鋭いこと鋭いこと、空間を越え時間を越え、しかも人情味さえ含ませて、しっとりと読ませる。彼が、大儲けする投資家だということが、素直に頷ける。
 3、話し上手、書き上手でなければ、聞いていても読んでいてもつまらない。ジム・ロジャーズさんの文章展開は歯切れがよく、根っからの楽天家なのか、どんな過酷な場面でも決して泣き言を言わず、鮮やかに場面を切り替えてくれる。ドラマチックな場面に事欠かないが、読後感は爽やか。沢山の才能を溢れるほど持っていて、その才能を出し惜しみしないところがうれしい。訳文もこなれていてとても読みやすい。
 4、世界バイク紀行と銘打つだけあって、ヨーロッパ、中国、ロシア、アフリカ、オーストラリア、南米、など世界全域、勿論この国をも含む。1990年3月から1991年11月にかけて世界を旅し、1995年に出版されただけに内容は少し古いがほぼ現在進行形。今の世界がどのように動いているか、間接体験になるが、体験した方が良いに決まっている。勿論、近寄るのさえ危ない最も危険な地域は用心深く回避されている。そんなところは、現代世界の最暗部にあたるが、ジム・ロジャーズさんには無縁なところだろう。特殊なルポライターの命がけの世界。現代の資本主義さえ眼をそむける世界はあるが、それを語るのは別の本になる。
 私が読んだのは文庫本、この本には盛りだくさんなメッセージが詰め込まれている。私が若者だったら、それらのメッセージのいくつかに胸を熱くしたかも知れないなと思った。文句なしにお薦めしたい本です。