武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『空山基全作品集1964-1999』空山基著(発行作品社)

toumeioj32005-11-06

 空山基さんの全作品集が出ると聞いて期待していた。それまでは、大型本で豪華な本ばかり、全作品集と言うからにはさぞ豪華で高価な本になるだろうと予想していたが、A5版と普通の書籍サイズ、装丁は硬質ビニルでカバーされ使われている紙がいつもと違う中質紙。目次がないのでページ数は分からないが(数える気がしない)厚さが35mm程もある分厚い1冊、紙質のせいか空山基のシャープさは押さえられて落ち着いた感じ、私は手に取った時意外に軽いので電話帳を連想した。
 空山基の画集として購入しても、これまでの大型の豪華な画集を知る人には、物足りないかもしれない。ハイパーリアリズムと呼ばれるエアブラシを駆使した空山基の抜群の描写力を堪能するには、大型本で高性能の印刷技術がぜひとも必要。だが、資料やカタログとして使うのなら、手に持ちやすく便利に使えそう、と言っても空山基の絵のカタログが必要な人など限られてしまうにちがいない。私は、30年を越える長期間、この国を越えて世界的なイラストレーターとして活躍を続けてきた空山基の制作活動の幅の広さ多様さを1冊で楽しめたこと、それだけで十分満足だった。
 それにしても空山基の視覚に突き刺さってくるような刺激的なエロチシズムの何という美しさ、痛ましいまでにエロチックな刺激を視覚的に追及するとどこまで行くか、これでもかと鮮明なリアルな映像として提示してくるので、エロスを追求する人の情熱が物悲しくさえれて感じられてくる。どろどろネバネバした世界なのに、あまりの圧倒的な表現力のせいですべてが凍り付いて金属のような固まって、光沢を放って輝いている。人体を媒介にした奔放なイマジメーションの展開は、息を呑むほど素晴らしいと思うが、人によっては、単なるポルノとして片付けてしまうかもしれない。
 空山基の表現は、金属を描く時の最高の威力を発揮する。ホンダのロボット、アイボをデザインしたことで有名だが、やわらかい女性の曲線を硬質な金属の輝きで封じ込める試み、金属質の人間のシリーズは息を呑む素晴らしい造形。また、本来形をとどめない液体を多様に描きこむ液体のイメージ、超高速度カメラがとらえた瞬間のような液体の相が金属のように輝く描写、などなど。
 全作品集として手に取れるようになったので、紙質のよくない印刷とあいまって、空山基の魔術的な技法に惑わされることなく、すこし冷静に作品鑑賞ができるようになったのは、この本の思いがけない長所、それでも初めて空山作品に接する人には十分すぎるほど刺激的、もし、これらの作品が描かれたものでなく写真か何かだったら当然発売禁止になっていたことだろう。高い本なので、その利用価値を十分に見極めた上で購入されると満足してもらえるような気がする。