武蔵野日和下駄

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 教育基本法改正を巡る<愛国心>関連の動き

toumeioj32006-05-27


 いつものことだが、教育内容を巡る動きで一番気をつけなければならないのが、通知表関連のいわゆる評価の問題。いつの間にかこの国は、民間でも役所でも、業績や成果をいかに評価するかが、ことの動向を大きく左右するようになってしまった。成績の優劣、勝ちか負けかを問題にして、物事を評価する悪い癖がすっかり定着してしまったようだ。
 評価する側の権力作用と権力関係の構築が、評価する側の本当の狙いなのだが、評価される側はどう評価されたかに一喜一憂してしまい、ことの本質が分からなくなってしまう。評価されないことの自由さ、評価されることの屈辱感、この基本的な感情を片時も忘れないようにしなければ、この国の奇妙さがいつの間にか分からなくなってしまいかねない。
 埼玉県や愛知県の小学校では、通知表の評価項目に「愛国心」を入れた学校が、多数あるという報道にびっくり仰天、さらに、国会審議の過程で、小坂文部科学相は「総合的に評価する」旨の答弁すらしている。
 このまま行けば、教育現場がどうなるか、有効な抵抗勢力を欠いた都道府県で何が起きるか、手に取るように分かる。効果的な歯止めを失った教育現場は、今や、新国家主義の坂道を恐ろしい速度で転がり落ちて行くことだろう。
 関連する新聞記事を引用しておこう。
 まず、26日の毎日新聞

(毎日新聞) 愛国心:通知表評価項目に 埼玉で52小学校、愛知も

 「国を大切にする」などの「愛国心」表記を通知表の評価項目に盛り込んでいる公立小学校が埼玉県で52校に上り、岩手、茨城、愛知県にもあることが毎日新聞の全国調査で分かった。教育基本法改正案を巡る国会審議で、小泉純一郎首相は「愛国心があるかどうか、そんな評価は必要ない」と答弁したが、学校現場は既に評価へ踏み出し、全国に広がる気配だ。【まとめ・井上英介、高山純二、高本耕太】

 埼玉県内の52校の所在地は▽鴻巣市行田市熊谷市深谷市騎西町寄居町茨城県内は常陸大宮市牛久市阿見町、愛知県は北名古屋市岩手県では大船渡市と釜石市で「愛国心」を盛り込む事例があったが、各県での総数は不明だ。

 「愛国心」表記の通知表が見られるようになったのは、学習指導要領が02年度に改定され、小学6年社会科に「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるようにする」などの目標が設定されて以降といわれる。

 埼玉県行田市では市立小全16校中14校が、現行学習指導要領の施行と同時に、通知表の6年生社会科の観点別評価項目の一つに盛り込んだ。実際の記載は「わが国の歴史と政治、および国際社会での日本の役割に関心を持って意欲的に調べ、自国を愛し、世界の平和を願う自覚を持とうとする」。担任が3段階で絶対評価する。

 現行指導要領は、小6社会科の学習目標のひとつに「国を愛する心情を育てるようにする」とうたっている。通知表は校長の権限で作られ、学校ごとに異なるが、14校は事前に定めたひな型に沿って同一の表現にした。ある校長は「愛国心というより学習の意欲や態度を評価する項目だ。指導要領にも沿っており、問題はない」と説明する。

 だが、52校の中には削除を検討している学校もあり、校長たちの足並みはそろっていない。

 寄居町のある小学校の通知表の記載は「我が国の歴史に関心を持ち、それを意欲的に調べることを通して、歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を持とうとする」。

 これについて、昨年7月赴任した現校長は「前校長が作ったので経緯は分からないが、どういうことを『国を愛する心情』というのか判断が難しい。あいまいな部分は分かりやすく変える」と語り、現在作成中の06年度の通知表で「愛国心」を削除する考えだ。

 通知表の「愛国心」評価を巡っては、福岡市では02年度に市立小の約半数にあたる69校で実施したが、市民団体が反発し、03年度から削除された。

 国会では24日に福岡市の事例が取り上げられ、小泉首相は評価の必要性を強く否定。小坂憲次文部科学相も、野党側の「内心の自由を侵害する」との追及に「子どもの内心に立ち入って(愛国心があるかどうか)評価するものではない」と慎重な答弁を繰り返した。

 全国調査では、福岡市のほか、福井県内でも「愛国心」評価が一時期実施されていたことが分かった。他の都道府県は「把握していない」「調査していない」などと回答した。

 ▽大田尭・東京大名誉教授(教育学) 一番の問題は、学習指導要領が「国を愛する心情を育てる」ことを目標に挙げている点だ。愛国の情は個々人で違っていてもよく、評価するのは不自然。心情を画一評価することは内心の自由を侵すことになり、内面の画一化につながる恐れもある。教育基本法が改正されると、愛国への心情評価が合理化されるのではないか。

毎日新聞 2006年5月26日 3時00分

続いて、同じ26日の朝日新聞

(朝日新聞)「愛国心」埼玉の50校通知表に 教師「評価できぬ」2006年05月26日09時31分

 衆院で本格審議が始まった教育基本法改正案の最大の焦点は、「愛国心」の取り扱いだ。現行の学習指導要領のもとではすでに、通知表に「愛国」に関する項目を入れた経験がある学校や、いまも採用しているところもある。実際にどう評価したのか。
衆院教育基本法特別委員会で、愛国心を評価する項目が入った福岡市内の小学校の通知表を見る小泉首相と小坂文科相(左)=24日午後、国会内で

 24日の衆院教育基本法特別委員会で、小泉首相は、基本法に盛り込まれた「我が国と郷土を愛する態度」に関し、義務教育課程段階での評価項目としない考えを明らかにしている。

 埼玉県教委によると、同県内では25日現在、4市2町の50小学校で、通知表に「愛国心」に関する表現が入った項目が評価の対象になっている。

 同県行田市では、小学校長らによる通知表のモデル案をつくり、「我が国の歴史と政治及び国際社会での日本の役割に関心をもって意欲的に調べ、自国を愛し、世界の平和を願う自覚をもとうとする」という項目を社会の4観点の一つに盛り込んだ。05年度は、全15校中14校がモデル案と同じかほぼ同様の表現を採用した。ABCの3段階で評価することにしている。

 同市立小学校で6年生担任のベテラン男性教諭は「現場では『愛国心』は評価の対象になっていない」と断言する。「自国を愛し」以下の部分は達成目標が示されているわけでもなく、評価基準があいまいなため、点数がつけられないという。「前段部分だけで評価している。授業態度や宿題などをもとにした評価がほとんど。愛国心の大小が入り込む余地はない」

 福岡市の市立小学校で02年度に使われた6年生の通知表。評価項目の一つにはこんな項目がある。「我が国の歴史や伝統を大切にし国を愛する心情をもつとともに、平和を願う世界の中の日本人としての自覚をもとうとする」

 行田市と表現は微妙に異なるが、やはり3段階評価。福岡市立校長会が、愛国心を評価項目とするモデル通知表を作成。市内144校のうち52校が採用し、17校が同様の表現を独自に盛り込んだ。

 当時6年生の担任だった50代の男性教諭によると、結果的にBの評価が増えたという。「『国が好き』かどうか、子どもによって違いがあるとは思えない」からだ。

 50代の女性教諭も、日本の歴史や制度について意欲的に学べば評価し、悪ければCをつけた。困ったのは、「日本人としての自覚」という表現だ。当時、クラスに中国籍の子がいた。「中国人だからBやCがついた」と思われないよう家庭訪問して親に説明した。

 しかし、福岡市のこの通知表は在日コリアンの団体や福岡県弁護士会の批判を受けて、03年度から姿を消した。

 二日前の24日の朝日新聞
 通知表についての実態が国会で話合われたという記事。

愛国心どう評価 首相と文科相、答弁食い違い2006年05月24日23時56分

 児童生徒の「愛国心」をいかに評価するのか。24日の教育基本法改正に関する国会審議では「評価なんか必要ない」とする小泉首相と、「総合的な評価」を主張する小坂文部科学相の答弁が食い違った。実質審議入りしたこの日、首相は民主党案にも言及しつつ自らの教育論を自在に語ったが、政府案へのこだわりの薄さも浮かび上がった。

 「こういうことで小学生を評価するのは難しい。あえてこういう項目を持たなくていい」

 小泉首相はこの日の答弁で、福岡市内の小学校で使われた「愛国心」をランク付けする通知票に違和感をあらわにした。

 背景には「自分が生まれ育ったところに対しては誰しも愛着を持っている」「教育は強制的に一つの考え方を押しつけるものではない」との思いがある。

 首相答弁について、共産党志位和夫委員長は24日の記者会見で「『難しい』ことを教育現場に押しつけることは出来ない。非常に重要な答弁だ」と述べた。

 直前の答弁で踏み込んだのが小坂文科相だ。

 改正案に盛り込まれた「我が国と郷土を愛する態度」を身につける方法として、「ふるさとの歴史や行事を調べたり、国家社会の発展に大きな働きをした偉人、国際社会で活躍した日本人の業績を調べ、理解を深める」と説明。子どもの内心に立ち入らないとしつつ、「我が国の伝統や文化について調べ、学んだことを生活に生かそうとする関心、態度を総合的に評価する。学んだことをもとに『我が国の発展のために自分が何が出来るか』と追求しようとしているかを評価する」と述べ、結果的に首相との違いが明らかになった。

 質疑では、首相の法案に対する距離感も浮かび上がった。

 対決姿勢を強める民主党が与党内の対立を誘う意味も込めて提出した対案をめぐり、首相は「個別の問題について(与党と民主党が)話し合って慎重に審議を進めていけば、十分今国会で成立が可能だ」とあえて「慎重審議」を強調した。成立を急ぐあまり与党だけで審議を加速させて採決を強行しないよう、牽制(けんせい)したものだ。

 また、民主党松本剛明政調会長が、民主党案の「愛国心」の記述に対する見解を問うと、首相はその部分を朗読し、「なかなかよくできているなあ」と、称賛すらしてみせた。松本氏は審議後、「首相にはそれほど熱意というものは感じられないというのが、率直なところだ」と振り返った。

 愛国心の表現ぶりは、自民、公明両党が「愛する」「大切にする」をそれぞれ主張して法案提出の最大のハードルだった。にもかかわらず、首相は「どういう違いがあるんですかねえ。ものを大切にする。骨董(こっとう)品を愛する人もいますからね。私はあの人を大切にしたい。あの人を愛す。あまり違いがあるとは思わないんですけどねえ」と、ひとごとだった。

 与党幹部の1人は「会期を延長しないとなると、教育基本法は無理だ。首相は全然延長する気はない。外交日程もいろいろ詰まってるしね」と述べ、成立を織り込んだ会期延長はないとの見方を示す。こうした声が出るのも、改正案に対する首相の熱意の乏しさが背景にある。