武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

『異聞おくのほそ道』 童門冬ニ著(集英社文庫)

toumeioj32006-09-04

 以前に芭蕉奥の細道をテーマにバイクツーリングをやったことがある。奥の細道の本文と曾良の日記を参考にしながら、可能な限り芭蕉達が歩いた街道に近いルートをたどり、芭蕉達が立ち寄ったと思われる旧跡をたどってみようと言う可笑しなツーリングだった。確か2週間ちょっとの日数を要したように記憶している。目的の史跡を探し当てるのにずいぶん道に迷い、右往左往することの多いあまり走る楽しみのなかったツーリングだった。
 これに懲りて、過去の歴史をたどることをテーマにしたバイクツーリングは、あの時以降しなくなった。急激なこの国の現代化と、過去を大切にしないこの国の国民性が、ツーリングの過程ではっきり見えてしまったことだった。
 さて、奥の細道については、かくのごとく個人的に思い入れが深いので、bookoffの100円セールでつい手に取ってしまったこの1冊、読んでみて驚いた。文章のくせのない読みやすさ、物語構成の大胆なエンターテイメント性、娯楽読み物として再構成する作者の、高度な職人的とも思える見事な手腕に感心した。
 物語構成は大胆不敵、奥の細道の道行きに、当時の将軍綱吉と側用人柳沢吉保水戸黄門で有名光圀との権力闘争と謀略をからめ、権力闘争の代理として芭蕉一行に、介さん覚さんを史跡解説のガイドとして同行させ、吉保側のスパイとして「すま」が同行するが、その「すま」は歌枕のガイドの役割をはたすという仕掛け。しかも、女忍者「すま」をめぐる陽気な色模様まで追加されるという贅沢な仕掛けまで加わる。
 奥の細道の時代背景と、旅の歌枕の由来、芭蕉俳諧師としての文学的な葛藤、曾良の日記と奥の細道本文との微妙なずれ、旅先での芭蕉一行の俳諧の集いなどなど、およそ、奥の細道を理解するうえで関係してくるであろう事々を、見事にストーリに組み込んである。そして、奥の細道の事実上の最期の地、金沢において幾重にも重なり複雑に矛盾を深めてきた物語を、意外性をたっぷりきかせて一挙に大団円にもってゆくその鮮やかな手並み。
 名作とも傑作とも評価できないかもしれないが、たっぷりと娯楽性を盛り込んだ、楽しい娯楽く読み物として、読んで損はない娯楽作品に仕上がっていると、高く評価したい。「奥の細道」を中学や高校の授業でさらりと習っただけの人にも、最近流行の手書きに挑戦している人にも、一味違った興味深い「異聞おくのほそ道」として、是非本書をお薦めしたい。