武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

『クリムゾン・リバー』 ジャン・クリストフ・グランジェ著・平岡敦訳(創元推理文庫)

toumeioj32006-09-06

 同名の映画をテレビで先に見ていたが、フランス・ミステリー界の大型新人作品とのふれ込みに乗せられて、105円というbookoffの低価格にも助けられて思い切って読んでみることにした。つまらなかったら途中で放り出せばいいと思って読み始めたのだが、作者の巧みなストーリー展開にあっという間に捉えられてしまった。幸せな何時間かを過ごせたことに感謝、感謝。
 さすがフランスミステリーというべきか、アメリカ製のあっけらかんとしたハリウッド的なミステリーと一味違い、登場人物たちを突き動かす暗い情念、寒々とした山間部の雨降りしきる場面設定。なぜ題名がクリムゾン・リバーでなければならないのか、十分に納得させてくれる説得力。けっしてくどくはならないがあくまでも的確な情景描写と快調な会話のテンポ。原作がいいのか訳がうまいのか分からないが、翻訳であることをほとんど気にしないで読めるのもいい。
 視点人物はフランス司法警察警視正ニエマンス(映画ではジャン・レノ)とサルザックという地方警察のアラブ人二世警部カリムの二人、この二人が交互に全く無関係にみえる二つの事件を出発点に、それぞれ別の捜査を交互にたどりながら、最後には謎が謎を呼ぶミステリーの連続の果てに、大掛かりな陰謀と復讐劇に合流するという骨太なプロット。ストーリーの構成にはすぐに気付くが、飽きさせずにかえって安心させてぐいぐい引っ張る推進力にしてしまうところが見事。
 難点をあえて言えば、1回だけ出てくる濡れ場が、フランス物としてはすこぶる貧弱といおうか、これだけはなんとも楽しくないし、ストーリー的にも不自然。物語全体にあふれかえるサービス精神旺盛な作者にしては、このラヴシーンは物足りない。思わず苦笑してしまった。
 さて、映画との比較でいえば、映画も十分に楽しめる作品に仕上がっていたが、私の好みでは、小説の方が謎解きが丁寧で、納まる所によりしっくり納まる感じがするシックリ感があった。
 ミステリーファンでまだ読んでいない人には、是非お薦めしたい。ジャン・クリストフグランジェという作家名をきっと記憶にとどめることになること請け合います。