武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『スーパールーキー』ポール・ロスワイラー著 二宮馨訳(集英社文庫)

 以前に同じ著者の「赤毛のサウスポー」という野球小説を読んで、楽しい思いをしたことがあるので、bookoffの105円コーナーで見つけ読んでみた。メジャーリーグを舞台にした成長小説ではないかと予想して読みはじめたが、青年のサクセスストーリーになってはいるが、それよりもスポーツ界における薬物汚染を正面から取り上げた社会小説の色合いが濃い物語。

 短距離界の女王マリオン・ジョンズ選手のドーピングが話題になっている折、くすぶりつづけるメジャリーグの薬物汚染のことを思い出した。楽しむためを通り越して、勝利することを至上命題にしたプロスポーツの、手段を選ばない勝利への執着がもたらす倫理無視の実情がリアルに描かれており、引き込まれてしまった。
 主人公の肉体的欠陥と精神的欠陥が、肉体を酷使する重労働によって克服されてゆくところは、ボクシング映画ロッキーを思い出した。驚異的なバッティング成績が、主人公の生得の才能に依存する筋立てを、ネイティブアメリカンであるインディアンの血筋とその差別問題に結びつけたところが、物語に奥行き作り出した。
 スポーツは人種や民族を簡単に超えるものだけに、民族問題や人種問題を内部に抱え込みやすいという、矛盾した性質をはらんでいるところが面白い。物語の最後で、煮詰まってきた錯綜するストーリーが、一気に大団円を迎えるのはいつもの通りだが、あまりに見事にすべての課題が納まるところに納まる様子は、まるで多くの破片がピタリと合わさったジグソーパズルみたいで感心した。
 薬物汚染問題がこんなにうまくゆくわけないよ、とは思うが、娯楽小説の後味としては悪くはない。2冊出ている赤毛のサウスポーシリーズに匹敵する面白さだったので、スポーツ小説がお好きな方にはお薦めしたい。
 別の作品が読みたいと思い、あとがきをチェックしていたら、著者は1986年の5月に交通事故で不慮の死を遂げていたことがわかり、がっくり。遅ればせながらご冥福をお祈りしたい。