武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『コウノトリの道』ジャン・クリストフ・ラグランジュ著 平岡敦訳(創元推理文庫)

toumeioj32006-09-14

 「クリムゾン・リバー」が面白かったので、同じ作者の処女出版作品をネットで購入、読んでみた。amazonによる書籍検索と購入の便利なことと言ったら、以前にターゲットの本を探して図書館や大型書店をうろついて足を棒のようにして歩いたことを思い出す。ネットショッピングの便利さはこたえられない。
 さて、肝心の「コウノトリの道」だが、冒険小説とミステリーとグロテスク趣味を混ぜ合わせた、サービス精神旺盛な一級の娯楽読み物だった。小説作品としては第1作に当たる作品だが、立派な完成品。読み始めたら止まらない。読んでいる間、ストーリーを追いかけるのがとても楽しい時間が過ごせた。そこで、この作者の美点について少し考えてみたい。
 ①まず、中心を貫いている物語の心棒が、十分にアイディアを練り上げられていて、微塵も揺らがないこと、この点がしっかりしているので、安心して物語についてゆける。おそらく、書き始める前に、何度も構成をチェックし自己点検を重ねてあるのだろう。この作品の場合、コウノトリの渡りとダイヤモンドの密輸、善意のNPO<統一世界>と心臓移植手術、読まない人には何のことか分からないこれらのキーワードが緊密に組み合わさってこの物語を作り上げている。
 ②この作者は、物語の展開を特徴的な街を舞台にゆだねることにしているようだ。ストーリーを前進させるために、主人公達は何らかの方法と動機で、街から街へ旅をする仕掛けになっている。新たな独特の雰囲気を付与された街に付いて、活劇や恋愛が繰り広げられる仕組みになっている。誰にとっても旅が新鮮な風景との出会いであるように、この仕掛けが物語の展開に独特の彩りを添えて楽しい。そう言えば、この国にも旅情とミステリーを組み合わせた作家やミステリー番組に事欠かないことを思い出した。よくある手だが有効性は確かなようだ。
 ③この作者の趣味なのかサービスなのか分からないが、クライマックスに残虐シーンを持ってくるのが、この作者の手法のようだ。墓を暴き死体を掘り出したり、生体を切り刻んだりする、まことにおぞましい場面をこれでもかと描写するところが何度も出てくる。クリムゾンでもコウノトリでも、この点は変らない。映像重視の描写には、淡い恋愛感情よりも血吹雪が舞い上がるグロテスクシーンの方が、効果的なのかもしれないが、いささか胃がもたれる感じがしないでもない。
 ④物語の推進力が、視点人物の復讐心でも恋愛感情でもなく、作者が物語のために構築した謎の解明で成り立っていると言うところが立派。推理小説の分類に本格という分け方があるが、この作品もある意味でけっこうな本格派に属していると言っていい。翻訳がいいのか、原作がいいのか、文章が明晰で読みやすい点も得がたい。下手な文章や翻訳ほど感興をそぐものはない。叙情的な文章にくるまれたグロテスクも味なものだと言えばいいか。
 まだ、何作か同じ作者の作品があるようなので、これからが楽しみ。