武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『御鑓拝借−酔いどれ小藤次留書』 佐伯泰英著(幻冬舎文庫)

toumeioj32006-10-02

 最近の新聞広告でよく見かけるようになった時代小説作家<佐伯泰英>が気になっていた。沢山の時代小説をシリーズで、しかも雑誌連載でなく文庫書き下ろしで書いている作家なので、どれから読もうか迷ったが、何となく手に取ったのがこの「御鑓拝借−酔いどれ小藤次留書」。酔いどれ小藤次留書シリーズの一作目に当たる作品。平成16年2月初版発行とあるから、まだ開始間もない新シリーズと言ったところか、骨格のしっかりしたストーリでぐいぐい引っ張る推進力の強い一級の時代小説。
 主人公の赤目小藤次(あかめことうじ)の設定がいい。豊後(ぶんご、現在の大分県あたり)の森藩1万2千石の江戸下屋敷に勤める徒士。役目は厩番、俸給3両1人扶持。武士階級の最底辺に位置する身分で、一応二本の大小は差しているが「れっきとした武士」とは言いがたい。しかも四十九歳という老齢(当時ではそろそろ隠居の年齢)で、五尺一寸(153センチ)の矮躯に大顔、禿げ上がった額に大目玉、団子鼻、両の耳も大きい。辛うじてしっかりと閉じられた一文字の口と笑うと愛嬌を漂わせる顔が救いという風貌。つまり、偉くもないし格好よくもない、マイナス札ばかりを集めたような可笑しな人物。主人公の特技は、来島水軍流の剣術と刃物研ぎの生活技術、それと、途方もない大酒のみ。
 時代設定は、文化14年(1817)晩春から翌年初夏にかけての約半年間の物語。将軍は家斉、幕藩体制がしだいに揺らぎ、商人が財を蓄え、商人階級が武家階級を圧倒し始めていた頃の物語。
 時にはユーモアを交えながら、主人公は、忠誠を捧げる主君の屈辱を晴らすためと称して、四つの大名行列から鑓の穂先を奪い取ると言う行動を起こし、防ごうとする相手大名との間で激しい闘争を繰り替えすという筋立て。スピーディーな展開と、簡潔な背景説明、鮮やかな剣戟シーン、読ませ所を随所に配し、ぐいぐいと話が前に進む。満足できる話の終わり方といい、娯楽時代読み物としての仕上がりは、申し分なし。特に、小藤次さんのお酒の飲みっぷりが気に入った、私はアルコールは不調法だが、そんなに美味しいのかと呑み心をそそられるような描写が随所に出てくる。思わずうらやましくなるほど、美味しそうな描写だ。
 時代小説の分類では、武家もの、しかも藩対藩の抗争ものになると思うが、市井ものの味わいも加味されており、なかなか芸が細かい。終わり方が、シリーズの続きを前提にした締めくくりになっている。2作目、3作目へと話が伸びてゆく仕掛けになっている。
 初めての作者なので、おっかなびっくり読み始めたが、直に安心して読みすすめられるようになった。質のいい時代小説が読みたい方に、是非お薦めしたい。ちなみに、この作者、各文庫にシリーズを書き下ろし形式で書いているので、代表作を引用しておこう。

密命シリーズ(祥伝社文庫
夏目影二郎シリーズ(日文文庫、後に光文社文庫
古着屋総兵衛影始末シリーズ(徳間文庫)
吉原裏同心シリーズ(ケイブンシャ文庫)
鎌倉河岸捕物控シリーズ(ハルキ文庫)
居眠り磐音江戸双紙シリーズ(双葉文庫
酔いどれ小籐次留書シリーズ(幻冬舎文庫
交代寄合伊那衆異聞シリーズ(講談社文庫)