武蔵野日和下駄

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 『ルソーの見た夢、ルソーに見る夢』 世田谷美術館企画展の印象記

toumeioj32006-10-26

 一度見ると忘れられなくなることが、ひとつの名画の物差しになるような気がする。最初に見たアンリ・ルソーの絵がどれだったかは忘れてしまったが、見たとたんにアッこれはルソーだなとすぐに分かる。そして、何度でも見たくなるのが私にとってのルソーの絵。現在、世田谷美術館でルソーの企画展を開催中なので、さっそく行ってきた。(画像はこの展覧会のポスターの一部を転載したもの)
 「ルソーの見た夢」ではルソーの作品が23点、これを中心に「素朴派たちの夢」と題された外国の画家達の絵が46点、それと「ルソーに見る夢」と題したこの国のルソーに影響ないし触発された画家たちの作品がほぼ100点、これが展示の内容。
 やはり圧倒的に素晴らしいのが、アンリ・ルソー、絵の前に立つと、絵に定着されている空気のようなものが、目の前にみるみる立ち込めてきて、圧倒される。「遠近法が出来ていない」などとバカにされたことがあったそうだが、なんのなんの、おそろしいまでの透明な空気のボリュームがしっかりと表現されていて何とも見事と言うほかない。
 「サン・ニコラ河岸から見たサン・ルイ島」という題の風景画が見事。絵の前にたつと、凝固した静寂が絵と見るものの間に広がる。近づいても遠ざかっても、しっかりとした沈黙のトーンは微動だにしない。世田谷美術館所蔵の作品らしいが、何度でも見てみたい。この日、一番ひかれた作品。

 今回のポスターに使われた「熱帯風景、オレンジの森の猿たち」これもよかった。ルソーには熱帯のジャングルをテーマにした作品が多数あるが、前に立つと、物語が流れ出してくるような気がする。一枚だけの絵本といおうか、錯綜したドラマが一瞬にして凍結したような感じ、一枚の平面なのに折りたたまれた時間の厚みがある。素晴らしい表現力としか言いようがない。
 ルソー以外の展示では、今回力を入れたと思われるルソーに触発された夥しい作品群が面白かった。作品自体の力はルソーにかなわないものの、ルソーを軸に回る創作の刺激が生み出した、作品がまとめて見られて楽しい。
 砧公園の中にひっそりとたたずむこの美術館のロケーションもなかなか。時間があったので公園を少し散歩してみたが紅葉前の樹木が意外なほど樹齢を重ねて立派なのに驚いた。こじんまりとしたまとまりの良い美術展が好きな人にお勧め。12月10日まで開催。