武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『マンガ「種の起源」』 田中一規著 (講談社)

 おそらく80年代に発達した出版形態だとおもうが、いわゆる<学習マンガ>のジャンルに入る一冊。以前に歴史教育の資料になるかと思い、日本の歴史の学習マンガを何種類か読み比べ、自宅でも確か小学館版を購入した記憶がある。とにかく収録してある情報量が、文章で中心で書かれたものよりも格段に凄い。見開き2ページに展開されるある時代の情景など、文章で記述すると数十ページになる内容をすべて表現できてしかも分かりやすい。知識伝達の効率から考えて、将来の教科書の大部分は、学習マンガの形になるしかないのではと、考えさせられたことがある。

 さて、本書「マンガ種の起源」は、凄いマンガである。進化論が誕生するまでのダーウィンの半生をまず表現、進化論誕生までの経緯をとても分かりやすく漫画化してある。文章で記述すると、単線的にしか表現し難い伝記的事実と学説の流れを組み合わせ、分かりやすく複合的に展開してある。動画ではこうはゆかない。静止画でコマワリを工夫し易いマンガ表現の強みだろう。しかも、所々、マンガ特有のとぼけたユーモアで不思議な異化効果を出している。吹き出しにすると、ごちゃごちゃしそうな説明を欄外に移して絵自体をすっきりさせている。見事である。
 第4章が最も力の入ったところ。ダーウィン進化論の主要な学説を、図解をまじえた動きのあるマンガ表現で見事に描写、難解な進化論の概念を視覚的に分かりやすく、しかも誤解を招きがちな部分は懇切丁寧に描いてある。この4章からは、日本の女子高校生らしきキャラクターとダーウィン博士の二人の人物のやり取りを通して説明が展開してゆく。女子高校生の素朴な疑問にダーウィン博士が答える形をとるので、Q&Aのスタイルになりいっそう分かりやすくなる。しかも、お猿さんのとぼけた<スパイク>というキャラクターが表現の幅を拡大、マンガとしての楽しみの幅を広げてくれている。
 第5章以降は、ダーウィン以後の新しい知見をまじえた進化論の更なる概念説明。テーマごとにすべてを図解して分かりやすく説明するために著者が学んだ範囲の広さとその取材力、表現力に感心する。1ページ、1ページが、時間をかけてじっくり鑑賞するに値する独創的な工夫に満ちている。ストーリーマンガを読むスピードで読み飛ばしてはもったいないページが多い。
 知識としての進化論は、これで十分ではないかという気がするほど。ただ、ダーウィンの息遣いというか、緻密で実証的で粘り強い思考の形だけは、この本からは伝わってこない。航海記や種の起源そのもの、ダーウィンの著作を意外にないだろう。そてはそれとして、現代生物学の起点となるダーウィンの思想を、こうゆう形で読めることは、何と言っても素晴らしいこと、どなたにも是非お薦めしたい。最後に目次を引用しておこう。

    プロローグ
第一章 学生時代
    エジンバラ
    古代からの言い伝え
    ケンブリッジ
第二章 ビーグル号の航海
    運命を変えた手紙
    秘境! 南アメリカ大陸
    ガラパゴス
第三章 新しい説
    帰ってきたダーウィン
    進化論誕生!
第四章 ダーウィンの進化論
    環境に順応している生命
    特徴の選択と変種
    生存闘争と自然淘汰
    ガラパゴスの生命と適者生存
    オスとメス
    本能
    地理によるバリアーと生物の移住
    進化に方向性はない
    種の絶滅
第五章 進化論の問題点とそれへの回答
    飛躍的進化と完璧な臓器
    進化が必要とする時間
    不完全な化石の証拠
    遺伝の方法
    ポケットウオッチの例え
第六章 更なる証拠
    形態学、発生学と痕跡器官
    現在起きている進化の例
    遺伝学が解き明かす新たな真実
    エピローグ