武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『動物の権利』デヴィッド・ドゥグラツィア著 戸田清訳(発行岩波書店)

 表紙を折り返したところに「動物とはどんな存在なのかを知り、人間と動物との関係を見直そう」と太字で書いてある。この本の中身を一言で要約したのが、この言葉。200ページに満たない小冊子だが、動物虐待問題を考える入門書として、手ごろな良書に仕上がっていると思った。

 目次を手がかりに簡単に内容に触れると、第1章の<序論>では、動物についての考え方の変遷を歴史的に辿り最近の動物の権利運動までの概略をまとめた記述と、本書の構成について簡単なレクチャーがある。
 第2章の<動物の道徳的地位>の議論は、力がこもっていて情報量が多い。人間と動物との、考えうるあらゆる関係性が、よく整理されて手際よく議論されている。動物愛護理論の根拠がよく分かってくる。
 第3章の<動物とはどんな存在か>では、動物について「心の世界」の観点から、基礎的な概念の紹介がなされ、動物にも何らかの「心の世界」があるという明確な結論が示される。
 第4章では、どんな行為が動物に危害をくわえることになるのか、と言う動物虐待の大まかな枠組みが提供される。
 序章から第4章までが、本書の基礎理論、言わば総論部分にあたる。次からは、動物虐待の各論に入る。
 第5章は、大規模経営の工場型畜産業への、冷静だが厳しい批判となっている。動物愛護の観点以外からも、工場畜産には、弁護の余地がないこと、そこから、消費者としてとるべき行動に至るまで、何が道徳的に見て好ましくないのか、根拠を示した簡潔な説明がすっきり分かりやすい。
 第6章では、動物を何らかの形で飼育する場合の諸問題が、道徳的に見てどうなのかと言うことが、語られる。第7章では、研究者による動物実験のあり方が検討される。
 最後まで読むと動物愛護の問題で、検討すべき課題がほぼ出尽くしたかなという、読後の印象を感じる。必要とした知識が、望んでいたレベルにまで達した手ごたえがある。
 巻末に、翻訳者がまとめた「日本の読者のために」という読書案内がついている。本書の各章をさらに発展的に深めるための、使いやすい読書案内、すごく参考になる。
 気になったので、この読書案内を参考に、この国の動物の権利についての法的な状況を検索してみた。動物の権利擁護の運動体が、複数この国にも存在し活動していること、そして、相当数の関連法令が整備されていることが分かった。これらの法令をどう評価するかは、専門でないので分からないが、ほとんどの法令が以下のサイトに整理されているので見て欲しい。法と道徳の違いは、これらの法規のなかではなかなか区別しにくいという気がするほど詳細をきわめる。頭が痛くなるほど。
《動物の法律・条例集》http://jorei.cne.jp/
 最後に、同じ著者の著作から、翻訳者の解説に引用されていた「動物倫理の15箇条」というのが興味あるのっでそっくり引用してみよう。

①不必要な危害を与えない、
②不必要な危害を与える制度への協力をやめる、
③娯楽のために苦しみを与えない、
④苦しみに関する平等な基準、
⑤感覚性のある動物を不必要に殺さない、
⑥人間、大型類人猿、イルカを殺さない、
⑦感覚性のある動物のうち魚、両生類、琵虫類、鳥類を殺す事への禁止は人間、大型類人猿、イルカに対するものより弱い、
⑧感覚性のある動物を不必要に監禁しない、
⑨危険性のない感覚性のある動物に対する監禁禁止の規定は強い、
⑩罪のない人間、大型類人猿、イルカを監禁しない、
⑪魚、両生類、邸虫類、鳥類を監禁する事への禁止は人間、大型類人猿、イルカに対するものより弱い、
⑫正当な監禁の条件として動物のニーズを満たすこと、
⑬感覚性のある動物の身体を損傷しない、
⑭ペットについては身体的心理的ニーズの充足と自然条件に類似した生活条件の保障、
⑮利益が大きく自律の侵害が小さいときを除いて動物の自律を尊重する。

 そう遠くない時期に、動物倫理学とでも名付けるべき学問分野が成立するかもしれない気がした。動物好きの方、動物虐待に心が痛む方、是非手に取ってみて。