武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『おいしいハンバーガーのこわい話』 エリック・シュローサー、チャースズ・ウィルソン著 (宇丹貴代実訳)発行草思社

 エリック・シュローサーの本は、以前に『ファストフードが世界を食いつくす』というのを読み感心したので、書店で見つけてつい手が出てしまった。一読、今回の方が内容が整理されて読みやすくていっそう説得力を増したと思うので紹介しよう。

 内容は、マクドナルドを中心に、アメリカで生まれたファストフード型の食品産業のあり様をいろいろの角度から解剖して見せ、そのファストフードが世界をどのように変化させたかということにまで言及した力作ノンフィクション。表現を柔らかくして、教育漢字にまで振り仮名をつけるなど、子どもにも読めるように工夫してあるので、いっそう分かりやすくなったのだろう。読みやすく分かりやすいのはとてもいいことだ。
 <はじめにみんなに考えてほしいこと>と題された前書きの中に、いい文章があったのでまず、その部分を引用しよう。

 食べものは、みんなが買う商品のなかで何よりも大切だ。なのに、たいていの人は、自分の食べものがどんなふうに作られているのか深く考えはしない。
 いっぽう、どのジーンズを着ようか、どのゲームをしようか、どのコンピューターを買おうか、といったことについては、うんと時間をかけて悩む。けれどもじつは、そういう買いものは、そんなに悩むほど重要ではない。ジーンズやゲームやコンピューターは、古くなって飽きたら、ほかの人にあげたり捨てたりすれぱすむ。
 ところが、食べたものは体のなかに入って、その人の一部になる。背が高いか低いか、体が強いか弱いか、細いか太いかを決める一因となる。健康で長生きするか、若死にするかを決める一因となる。食べものは人の根本にかかわる重要なものなのだ。そんなに重要なのに、なぜ、ほとんどの人はファストフードについて深く考えないし、よく知らないのだろう?

 食の重要性について、これほど簡潔に要点を語りかけた文章をほかに知らない。全くこの通り、人の身体を作っているのは、その人が食べたもの、それ以外では絶対にありえない。毛髪、眼、耳、顔、歯、爪、手も足も、フケや汗や垢までも、すべてが食べたものから体内で合成されてできたもの。ここから、すべてが始まり、食べなくなったら人は死ぬ。
 そんなにも人にとって重要な食べ物の世界が、1950年代から、驚くべき変化をとげた。ファストフードと呼ばれる食事と食習慣の普及が、人々の食を大きく変えた。この本は、その事実を丹念にたどり、ファストフードについて、真剣に考えるきっかけを与えてくれる。とりわけ畜産業界に与えた構造的変革は、驚異的、産業構造だけでなく古き良きアメリカの精神構造にまで影響を及ぼしているところが、確かに怖い。労働市場に与えた影響も怖い。
 読み終わった人は、二種類に分かれるだろう。明日から、ファストフードを食べるのをやめるか減らそうかする人、何もきにせず、今まで通りにする人。できるだけ多くの人に読んでもらいたい。そして、自分が食べるものについては、折に触れて、意識的であってほしい。
 私はと言えば、もともとファストフードが好きではない。スーパーに沢山並ぶ、加工食品がそもそも好きではない。性と食は、極めて個人的な、あえて言えば極私的な営みだと思っている。工場で作られた画一的な商品化に馴染まない世界、可能な限り自分で自分らしく振舞うしかない領域だと思っている。
 さて、本書にはとても詳しい目次があるので、それを引用し、内容紹介に代えたい。

はじめに みんなに考えてほしいこと
第1章 ハンバーガーはこうして生まれた
 最初のハンバーガ
 はじめはあまり人気がなかった
 マクドナルド兄弟登場 バーガーは二種類だけ
 バーガー、チキン、ドーナツ
 最強の営業マン ライバルは敵だ!
 みんなが同じものを食べはじめた
第2章 子どもは大事なお客さま
 子どもは大金を動かせる
 お手本はウォルト・ディズニー
 ロナルド・マクドナルドの誕生
 楽しさも売りもの
 おねだり、あの手この手
 頭のなかまで調べられる?
 なぜ、おもちゃがついてくるんだろう
 作るほうはハッピーじゃない
第3章 マックジョブってなんのこと?
 マクドナルドができると町が変わる
 仕事はお湯を注ぐだけ
 たくさん働いても、もらうお金は少し
 高校生店員の悩み
 マックユニオンができた! 突然の閉店
第4章 フライドポテトの秘密
 いつも、どこでも、おいしいポテトを
 じゃがいも長者と、じゃがいも貧乏
 巨大フライドポテト工場
 昧は試験管で作られる
 おいしい記憶は時を超える
 いちごのいらないストロベリーシェイク
 食品は白いカンバス 昧を決める子どもたち
 虫だって着色料になる
第5章 スカッとしない清涼飲料の話
 飛行機でやってくるファストフード
 学校のなかに開店
 学校での昼食が肥満のもとに
 本を読んでピザをもらおう!
 コーラ1缶に砂糖はスプーン10杯ぶん
 真っ黒な歯の小学生 食べるほうが悪い
 ひとりの勇気が学校を変えた!
第6章 牛や鶏はどんな目にあってる?
 牧場では人生を学べる
 追いつめられる牧場主たち
 うんちの山が燃えた!
 ミスター・マクドナルドという鶏
 チキンナゲットが鶏肉業界を変えた
 草を見ることもない鶏たち
 残酷な処理方法/危険がいっぱい
 八時間で一万回ナイフをふるう
 増える食中毒 病原菌はこうして広がる
 幸せをつかんだ動物たち
第7章 ファストフード中毒
 やせるための危険な手術
 人間は太りやすくできている
 どんどん大きくなるバーガー
 長寿の沖縄も変わってしまった
 オズ博士の人体ツアー
 マクドナルドの病院版 食べるのがつらい
第8章 きみたちにできること
 イラクのパーガーキング1号店
 ファストフード店が次々と襲撃された
 狂牛病をきっかけに広がった疑問
 ロナルド・マクドナルドのイメージチェンジ
 アリスのオーガニック・レストラン
 アスファルトの校庭が緑の菜園に
 世界を変える一歩

 食は本能だ。理性的にコントロールしにくい領域だ。生きている人がいる限り、とめるわけにはゆかない。これから果たして、食の世界はどう変るだろうか、変らないだろうか。ふと、そんな思いが読後の感想として湧き上がってきた。一読をお薦めする。