武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

『日本の食事事典1.2』(農山漁村文化協会編集部編/農文協1993/2)


 1984年から始まった「日本の食生活全集」は、今回紹介する2巻を含め、全50巻、全都道府県に1巻ずつを配し、「大正末期から昭和初期」の各地の庶民の食生活を記録するいう画期的な企画だった。江戸中期から昭和初期頃までは、この国の庶民の食生活は、あまり大きな変化がなかったという食文化史の通説に従えば、庶民の伝統的な食生活を記録にとどめる時期としては、この頃が最後のチャンスだった。
 「家の光」を背景とする全国の農漁村を結ぶ全国ネットワークを生かして、実に丁寧な時間をかけた調査が行われており、世界的にもこのような国民的な規模の食生活風土記の刊行は珍しいのではないか。私的には、全巻を揃えている訳ではないが、縁のある地域の十数巻を手元に置き折に触れて楽しんできた。
 さて、今回お勧めするのは、この全集の総合索引ともいうべき最後の2巻「日本の食生活事典」、事典と銘打ってはいるが、事柄の写真や解説は一切ないので、正確を期すなら本書は事典とは言えない。項目別の総合索引集である。食材や調理法の説明もないのに、読んで何が面白いか。
 第49巻目には、「日本の食生活全集」の調査値一覧がのっている。各都道府県のどの地方で食生活の何を調査したのか、その概要が一覧できるようになっている。この全集の全貌を掴む上でこれは大変に便利、そして、項目を拾い読みしていると、各地の地方色がぼんやりと浮かび上がり、それなりに面白い。本の詳細な目次を見る楽しみが分かる人なら、きっと愉しめる。
 本巻の白眉は「素材別食べもの事典」、国産のあらゆる食材を本編ではあえて分類したりせずに、あいうえお順に並べ料理名を列挙して、収録されている巻とページを示しているだけだが、料理名にある程度通じている人なら、伝統的な料理のレシピはある程度知っており、料理名を聞いただけで可成りのことは想像できるはず。
 例えば「たらの芽」という項目には、東北から九州までの各地に分散して37の地方の呼び名そのままの料理名がずらりと並んでいる。「たらっぺのごまよごし」「たらぼうのじゅうねんあえ」「たら飯」「たらの芽の焼き飯」などなど、どうです、名前を見ただけでも、どんな味がするか想像力をかきたてるとは思いませんか。初めて入るレストランのメニューを見るとワクワクするように、私はこの本の整理された料理名索引を項目別に眺めるのがとても愉しい。
 どうしても気になる料理が出てきたら、全国どこの図書館にも、必ずこの全集は置いてある。なければリクエストして購入してもらうべきである。全48巻は、家庭に置くには場所を取りすぎるが、公共の図書館には必備の全集だと思う。わが家にこの全集が揃っていないのは、図書館にお任せしてあるため。図書館と自宅の書庫の分散は書籍管理の鍵である。
 第50巻には、「つくり方・食べ方別食べもの事典」「薬効ある素材の利用法事典」「人生の節目に食べる食べもの事典」この3つの索引事典があり、<わかりにくい食べもの名の解説索引>と<野菜の地方種・品種名索引>が載っている。
 「つくり方・食べ方別食べもの事典」は本書の半分以上を占め、調理法別に料理法を調べるのに都合が良い。この国の庶民は、実に多種多様な調理法で、食材を加工し工夫して食生活を豊かにしてきたことがよく分かる。
 「薬効ある素材の利用法事典」には、身体の部位や症状別に、各地で実践されてきた家庭療法が総括的にまとめられている。子どもの頃、祖母から聞いたいろいろな食材の薬効性を思い出して懐かしかった。
 「人生の節目に食べる食べもの事典」は、食に関わる行事事典となっている。昔から、食事には普段のケの食事と、非日常のやや豪華な特別のハレの食事が併存してきた。人生の節目を演出してきた食文化が、一覧できるのはとても助かる。ここには伝統的な食文化の基礎資料が惜しげもなく列挙されている。
 この2巻の「日本の食事事典」は、この国の伝統的な食生活を尊重しようとする人にとっては必備の基本文献であるだけでなく、食に関心のある人にとっては、項目を拾い読みするだけで、小さな発見が幾つもある愉しい読み物でもある。全国的な大変な調査と、その結果の詳細な分析作業から生まれた、食のリファレンスブックでもある。食に興味のある人は是非手元に置いておきたい。
 大変に面白くて興味深いので、両巻の目次を引用しておこう。

『日本の食生活全集49/日本の食事事典1つくり方・食べ方編』
<「日本の食生活全集」調査値一覧>
<素材別食べもの事典>


『日本の食生活全集50/日本の食事事典2つくり方・食べ方編』
<つくり方・食べ方別食べもの事典>
ごはんもの
すし
めん類
だんご・まんじゆう類
もち
生で食べる魚貝類の料理
生で食べる肉の料理
生卵
生で食べる野菜・山菜・果物
冷ややっこ
干しもの
ゆでもの・ひたしもの
汁もの・なべもの
煮もの・炊きもの
あえもの・酢のもの
炒りもの・炒めもの
揚げもの
蒸しもの・ふかしもの
焼きもの
練りもの
あめ
納豆
寄せもの
豆腐風料理
飲みもの
なめ味噌類
漬物
魚の保存食
だし
たれ
つまもの・添えもの
薬味
着色料
香料・風味づけ・香辛料
詰めもの
巻きもの・包みもの
さらしもの
凍みもの
ふりかけ
からめる
もむ
まぶす
砕く・粉にする
弁当・携行食
おやつ・間食
外食り占屋もの
購人する食品
その他

<薬効のある素材の利用法事典>

頭・脳




皮ふ


胃腸
呼吸器
循環器
血・血行
肝臓
腎臓
胆のう
神経
冷え
暑気

中毒・食当たり
酔い
糖尿病
伝染病
がん
痛み
けが
蛇・虫よけ
子ども
婦人
お産
栄養・滋養
体質改善
病人食
無病息災
長寿・延命
万病
その他

<人生の節目に食べる食べもの事典>
安産・子授け祈願
妊婦の禁忌食
妊婦の薬用食
腹帯祝い
妊娠中のその他
臨月のころ
産気づいたら
生まれたとき
産飯
三日祝い
お七夜命名祝い
出産後の禁忌食
おもに産婦のための食物
おもに子どものための食物
出産後のその他
床上げ・産の忌みあけ・おびあき
婚家にもどる・孫わたし
内祝い・お祝い返し
お宮参り
百日祝い・お食初め
初正月
誕生祝い
節句
七五三
帯解き・帯なおし・紐解き
紐落とし
初潮を迎えて
入学・卒業
元服・成人祝
徴兵検査・出征
見合い・見合いの返事
婚約
結納
婚礼の荷送り・顔合わせ
実家を出るとき
結婚式
婚礼の引き出もの
婚礼の禁忌食
婚礼後三日目まで
里帰り
婚礼後のその他
歳暮・中元・節句の贈答品
厄年・厄除け
年祝い・還暦・米寿
死にそうな人に
死者への供えもの
弔いまでの準備
通夜
葬儀
葬儀の翌日
初七日まで
四十九日まで
納骨・法事・年忌・仏事
冠婚葬祭全般にわたるもの

<わかりにくい食べもの名の解説索引>

<野菜の地方種・品種名索引>
いも:じゃがいも
いも:さつまいも
いも:里芋
いも:ながいも・やまのいも類
うど
うり
かぶ
かぼちゃ

キャベツ・玉菜・かんらん
きゅうり
こんにゃく
ごぼう
しょうが
すいか
大根
たまねぎ
ちしゃ
漬け菜
とうがらし
とうもろこし
トマト
なす
にんじん
ねぎ
白菜
ふき
ふだんそう
ほうれんそう
豆類
れんこん
その他の野菜

<月報寄稿一覧>