武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『ロボット・オペラ』 瀬名秀明編著(発行光文社)

 若い知的好奇心旺盛な才能ある人の後についてゆく事ほど楽しいことはない。思いもかけなかった新しい世界が、見る見る広がり、見たこともない地平線の上に立たせてもらえる。この本も、読む人をそんな心境に導いてくれる、素晴らしい力作。

 内容については、著者自身がこれ以上整理しようがないほど見事に内容を紹介しているので、その部分を引用する。

 本書は書き下ろしの解説記事と古今東西の傑作ロボット・フィクションを一堂に会することで、ロボットの科学・文化・物語をまるごと総括しようと試みたアンソロジーである。カレル・チャペックの「R・U・R」に登場し、アイザック・アシモフが「ロビイ」を書く直前の一九三〇年代までを第一章として纏め、その後は十年ごとに区切り、それぞれの時代を代表するロボット・フィクションを紹介する。各章には瀬名による総説と、第一線で活躍する研究者や作家たちによる短い解説を併載した。また巻末にはブックガイドを兼ねた主要参考文献を付して便宜を図っている。

 ロボットの世界は、科学なのか、工学なのか、それとも文学なのか、何か少しいかがわしくて、それでいて大人も子どももワクワクさせる不思議な世界。著者は、そんなロボットへの関心を「ロボットとは現実の社会に現れた未来のかけら」だと言っている。この関心の持ちようが気に入った。<未来のかけら>という認識が素晴らしい。寄せ集めて適切に組み合わせれば、おぼろげに未来の図像が浮かび上がってくるかもしれないということになる。
 読んでみて、やはり一番面白かったのは、各章の頭に置かれた著者自身の解説、この国における総合的なロボット文化史として、とても興味深く読めた。各章に配置されたロボットが登場する物語も変化があって楽しい。センスのいいロボットものアンソロジーになっている。その後に付いているエッセイは、それぞれの筆者の関心により様々だが、視点を転換してくれるので、とても参考になる。
 ロボットの現実的な側面を、産業用ロボット程度にしか考えていない大人の石頭を、この本は少しは柔らかくしてくれるのではないか。ずいぶん進化したともいえるし、まだそんな程度かともいえる世界、しかし、いずれ必ず、これまで以上にロボットが私たちの生活の中に進出してくるのは、間違いない。
 最後に、内容をより明瞭に把握できる目次を引用しておこう。

まえがき アトムの世紀をつくったこの物語たち/瀬名秀明
第一章 1930年代まで・神話からチヤペック「R.U.R.」へ
    自動チェス人形(1899)アンブローズ・ピアス/奥田俊介訳
    人造人間殺害事件(1931)海野十三
    孤独な機械(1932)ジョン・ベイノン・ハリス/金子浩訳
    愛しのヘレン(1938)レスター・デル・リイ/福島正実
    *池内紀チェコの人形劇」

第二章 1940年代・アシモフのロボットSFと第二次世界大戦
    うそつき(1941)アイザックアシモフ/小尾美佐訳
    美女ありき(1944)C・L・ムーア/小尾美佐訳
    *川合康雄「アメリカSF雑誌とロボットSFアート

第三章 1950年代・原子力の未来と鉄腕アトムの誕生
    ドン・キホーテと風車(1950)ポール・アンダースン/金子浩訳
    にせもの(1953)フイリップ・K・ディック/大森望
    胸の中の短絡(l954)イドリス・シーブライト/安野玲
    鉄腕アトムサンゴ礁の冒険(1954)手塚治虫
    世界も涙(1957)ブライアン・W・オールディス小尾芙佐
    ポッコちゃん(1958)星新一
    *松原仁鉄腕アトム論」
    *中村仁彦[鉄人28号の時代」

第四章 1960年代・輝かしい宇宙時代
    レオノーラ(1962)平井和正
    オートマチックの虎(1964)キット・リード/浅倉久志
    フロストとベータ(1966)ロジャー・ゼラズニイ浅倉久志
    孤島ひとりぽっち(1969)矢野徹
    *高橋良輔「ロボットアニメとエンターテインメント産業」
    *星野力「誤解して共生する」

第五章 1970年代・WABOT登場
    素顔のユリーマ(1972)R・A・ラフアティ/伊藤典夫
    愛のロボット(1973)田辺聖子
    最後の接触(1976)堀晃
    *田所諭「サンダーバード

第六章 1980年代・ロボット元年来たる
    ロデリックより抜粋(1980)ジョン・スラデック柳下毅一郎
    告別のあいさつ(1985)大原まり子
    *杉原知道「ロボットらしく、ロボットらしくなく」

第七章 1990年代・二足歩行ロボットの衝撃
    ボヘミアの岸辺(1990)ブルース・スターリング/嶋田洋一訳
    高校教師・恋人・共犯者<1999年のゲーム・キッズ>シリーズより
     (1993―1995)渡辺浩弐
    誘拐(1995)グレッグ・イーガン山岸真
    *山岸真グレッグ・イーガンのロボットSF」
    *梶田秀司「2足歩行制御の問題点は何か]
    *前田太郎「パスワードスーツのサイエンス:創作と創造の狭間で」

第八章 2000年代・アトムの誕生日・そして・「未来のかけら
    KAIGOの夜(200o)菅浩江
    コスモノートリス(2002)藤崎慎吾
    *柴田智広「ロボットで人間の知能を知る」
    *難波弘之「ロボットと音楽」
    *江尻正員「ロボット学会のこれまでと未来」
    *日下三蔵「ロボット漫画の系譜」

主要参考文献、およびロボット文化をさらに知るための150冊/瀬名秀明

 豊かで広がりのある内容なので、700ページを超える大作、持ち歩くのはチト辛い。