武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『無限アセンブラ』 ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン著 内田昌之訳 (ハヤカワ文庫)

 なじみのない画期的なテクノロジーを具体的にイメージするのに、近未来を舞台にしたSF小説が、楽しい手助けをしてくれる。作者の奔放な想像力の中で、夢のテクノロジーが、生活の一部として使われている場面などを読むと、近未来を望遠鏡で覗き込んでみているような、好奇心が刺激されてワクワク感がある。

 古書店でたまたま手にした1冊だったが、読んでみて、ナノテクノロジーをネタにした物語性豊かなSFとして、とても楽しく読めたので、お薦めしたい。
 不思議なことにこの物語、ずいぶん気をつけて探したつもりだが、年月の記述がどうしても見つからなかった。そう遠くない近未来としか言いようがない設定。この物語には、全くと言っていいほど季節感がない。舞台となる場所は、①月の裏側のダイダロス・クレーター、②月面のコロンブス基地、③ワシントンの連合宇宙局、④南極のナノテクノロジー研究所などが主なもの、それらの舞台を中心に、ナノマシン(ナノ虫)と呼ばれる異星から飛来した物体をめぐって、転換の早い、スリリングなお話が展開する。
 ナノマシンと呼ばれる異星からのテクノロジーが素晴らしい。近未来なので、地球でもナノテクノロジーは進歩しているが、宇宙からの飛躍的に進んだ技術との交流が、SFのメインテーマである異星人とのファーストコンタクトに置き換えられているところが面白い。
 超微細なレベルで物質を操作、分子構造に手を加えることによって、無尽蔵に資源とエネルギーを入手できる夢の技術、新たな錬金術のような技術が、物語の中では異星人の技術として、絢爛たる構築物を築き上げるようすが素晴らしい。また、体内では医療用の技術として、組織再生の技術として現実化、最終的には背筋が寒くなるような恐ろしい技術に変貌するところなど、恐怖小説の味付けもたっぷりで、サービス満点。
 二人の作者が連携して執筆しているせいか、間延びしたところがほとんどない。場面の切り替えが早く、展開がスピーディで、グイグイ読ませる。人物像の掘り下げは甘いが、決して単純なだけの人物設定ではない。意外な変貌を遂げる人物もいて油断ならない仕掛けになっている。
 SF小説を読みなれていない人に十分についてゆける、読みやすい読み物になっているので、とりあえず、ナノテクノロジーが登場する小説が読みたい人には、うってつけ。