武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

『バート・マンロー/スピードの神に恋した男』ジョージ・ベッグ著 中俣真知子/ 池谷 代/岡山徹(翻訳) (発行ランダムハウス講談社) 『世界最速のインディアン』監督: ロジャー・ドナルドソン/出演: アンソニー・ホプキンス


 最初に見たのは、映画だった。名優アンソニー・ホプキンスが演じたスピード狂のオートバイ乗りが何とも洒脱でかっこよくて、すっかり映画に魅了された。スピード世界記録をテーマにするだけあって、映画のスピード表現が見事。恐ろしいほどのスピード感が伝わってくる映画。 (画像は、映画の中の記録に挑戦中の疾走シーン、カメラでスピード感を表現するのに苦労したカット)
 ストーリーは、一種のロードムービー仕立てになっているが、登場人物のほとんどすべてが良い人ずくめ、とんな困難に遭遇しようと、どのエピソードも必ずハッピーエンド、見ている人を幸福感で包んでくれる映画とでも言えばいいか。

 人生で何か大きな岐路に立たされている人が見れば、やってみようという励ましが得られるかもしれない。見終わった後味が、爽やかな映画。
 この映画が面白かったので、同じ主人公をテーマにした伝記を読んでみることにした。それが、『バート・マンロー/スピードの神に恋した男』、筆者ジョージ・ベッグは、生前のバート・マンローと交流があったオートバイ乗りでメカの改造に詳しい。記述はバートのエンジン改造の細部にまで筆を届かせた、ちとメカメカしい読み物。
 オートバイのメカニズムに知識のない読者には、読み辛いかもしれないが、バート・マンローという偉人とその業績を知る読み物としては、適切な記述、メカについての記述がこの評伝のリアルさを支えている。単なる改造狂いだっただけでなく、目指す目標にまい進する生き方、誰とでも仲良くなり好意を引き出す社交性、困難にくじけない粘り強さなどなど、世界最速記録に到達するまでのバート・マンローの人生記録は、いい読み物に仕上がった。
 映画と本を比較してみると、情報量はもちろん本の方が多く、バート・マンローについてより詳しく知りたい人には必読だが、順序としては最初に映画を見て、後で本を読む方が楽しめる気がする。
映画の方が、娯楽性を求めて、本にはない艶っぽいエピソードなどを挿入、見る者を引き付けて離さないようにできている。本の方も、なかなかの展開だが、やや盛り上がりに欠けるというか、評伝の性質上、物語性を目指したものではないので致し方ない。だが、映画では表現できていない、バートの不屈の精神というか、決してくじけないで、繰り返し執拗に挑戦し続ける生き方には、つくずく感心する。60歳を過ぎて年金暮らしになってからの、記録に挑み続ける直線的な生き方の鬼気迫る凄さに脱帽。団塊世代の大量退職者をターゲットにした映画制作らしいが、むしろ定職に着かずに漂流している若者たちに見せたい映画。
 冒頭に、記録達成にかかわる貴重な写真をたくさん収録、12章に細かく分けた記述はよく整理されていて、ひたすらオートバイのスピードに生きた男の一生を手際よく紹介している。読み終わって、何度も大きな事故にあいながら、よくも無事に78歳まで生きたと感心する。スピードの神様がついていたのはもとより、幸運の神様が微笑んだ男という印象が強い。こういう風に生きられたらいいなという見本のような人生。