武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『スーツケース一杯の失敗』 アーマ・ボンベック著 中野恵津子訳 (発行文芸春秋)

 アメリカの人気コラムニストが書いた毒舌と哄笑に満ちた家族の旅行エッセイ、失敗談を軸にしているので、思い当たるケースが時折出てきて、ほっとしたり呆れたり、海外旅行の好きな人にとっては読み出したら止められない好エッセイとなるだろう。
 家族の歴史は、いろいろな物を縦軸にして語ることができると思うが、家族が経験した旅行をたどることによってもその歴史を浮かびあがらせることができる。本書の中ほどにある「グランド・キャニオンの川下り」を読んでそう思った。諧謔にまぶして語られてゆくグランド・キャニオンの川下りの話を読みながら、いつの間にかしんみりと納得させられる家族の成長の物語に、侮りがたい作者の力量を感じた。
 笑いには、共通の生活習慣や文化、教養などを必要とする部分が少なからずあり、笑い話の翻訳には難しさが伴うと思うが、この本の少なからぬ部分で、笑いを取ろうとしているらしいのだが、どうしても笑えないところが何か所もあった。
 以前に読んだあるエッセイで、サザエさんのマンガを英訳した人が、どうしても笑えるように翻訳できず苦労したという話を読んだことがあるが、さもありなん。サザエさんを笑って読めるのは、サザエさんのような日常を生きている日本人だけなのかもしれない。
 しかし、生活基盤がどんなに違っていても、すんなりと通じて、一緒になって笑える、万国共通の笑い話もある。おそらく、誰もがついうっかりやってしまうたぐいのあまり深刻でない失敗談がそうであろう。
 この本の著者が次々と繰り出す失敗談の多くは、誰でもが笑えるものが多い。夫婦二人と、男二人と女一人の三人の子供たち、この五人が繰り広げる旅の失敗談は、爆笑のギャグ漫画となり、絶妙な漫才となり、最後まで飽きることがなかった。
 パック・ツアー参加あり、船旅あり、レンタカー旅行あり、古代遺跡からサバンナまで、全世界行ったことのない地域がないくらいにあらゆる国々を、実に精力的に旅してまわっている。旅することにかけるこの情熱には驚くほかない。
 いつ読んでも面白いが、長距離飛行のエコノミークラスなどで読むと、我慢を強いられる長い飛行時間が、笑いをこらえかねる楽しい時間になるにちがいない。特に、海外旅行のお好きな方には、是非お勧めしたい。