武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『暦 日本史小百科』 広瀬秀雄著 (東京堂出版〔新装版〕1993年)


 ある本を読んでいて、昔の人々の時間認識に興味をおぼえ、図書館で調べているうちに、コンパクトにまとめられていてとてもわかりやすい本にたどりついた。東京堂出版の「暦 日本史小百科」東京堂出版の事典ものには何度もお世話になってきたが、この本も暦の知識をうまくまとめた好著。
 著者自身が「はしがき」で、暦の概念を、これ以上整理しようがないほど簡潔にまとめて記述しているので、まずその部分を引用しよう。

 暦というものは、農耕を成功させる基本的な指導技術として発達したものであることはまちがいないと思いますが、人びとが暦に時間経過の記憶を保存し、将来に対する組織的な計画の根拠を求めるようになりますと、そこには法令により人びとを管理する国家というものができ上っていたというのが現実のように思われます。こうして暦というものが国家的政治・経済に利用されるものになりますと、暦そのものまでも国家によって管理されるようになります。
 わが国での暦法の採用は、このような管理思想を暦製作技術とともに受容しました。従って、暦は一般人から離れた所で作られ、これによって人びとは管理されてきました。
 一方、でき上った暦によって縛られた一般人は、暦の内容には興味をもち、また関心を持たざるを得ませんでしたが、暦製作については何も知らずに千数百年を過して来ました。

 かねてより私が暦に興味を持ってきたのも、まさにこの<農業技術>と<記憶の保存>、そして計画の骨格としての<未来の根拠>としての暦の機能的歴史的側面だった。暦は人間社会を時系列で総括するための必須アイテムである。詳しく知る機会があったら、いつか身につけたい知識だった。その欲求にぴったりなのがこの本。興味深い珍しい図版も多く、非常にわかりやすくできた良質の啓蒙書だった。
 この本は、普通の人が普通に時間や暦について知りたいことを、見事に見開き2ページにまとめて、実に分かりやすく教えてくれる。こうゆうレイアウト優先の書き方は、短詩の定型詩のように、才能ある書き手にかかると記述の切れ味のきっかけになることがある。無理してページに収めるために工夫が働き省略を生かし、とても鮮やかにまとまったページができてくる。この本のわかりやすさはここからきているのかもしれない。
 全体の構成を示すために、大きな5章の目次を引用しよう。

1 暦の基礎
2 日本で行われた暦法
3 暦の内容
4 暦の種々
5 時刻制度

少し詳しく知りたかった<時刻>については、5章の時刻制度のところに、次にような細かい項目で詳しく説明されている。

自然時点/不定時法・定時法/江戸時代の時刻制度
定時法時刻名/定時法の種々/更・点
西洋時制/時刻制度の法制化/時計・保持・測時
わが国の漏刻/わが国の機械時計/時の鐘/和時計製作小史
一日の始点/国際日付線/日付変更余話

 知りたかった以上の項目まで、何とも親切な説明で十分満足した。時刻について、まあこの程度の知識が得られれば、通常文句は言えまい。とても良い本との感触を得たので、見かけたら是非手にとって見てもらいたい。 (図版は明治維新以前、今の時刻よりもはるかに長い間使われてきた不定法の年間変動図、文字通り夏は日が長く冬は日が短かったことがよくわかる)