武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『軌道エレベータ』 石原藤夫・金子隆一共著 (発行裳華房1997/7/25)

 久しぶりに素敵なわくわくする夢を見させてもらった。子どもの頃にSF読物や手塚マンガなどを通して夢見ていた未来社会のテクノロジーが、ある程度姿を変えて実現するようになって以来、大人になって未来社会に架ける良い夢を見ることが少なくなった。
 大人になると夢を見なくなるのかと思ったこともあったが、そうではない。大人の鑑賞眼に耐えるようにしっかりと吟味された、良質な夢を語る大人が少なくなったにすぎなかったのではないか。本書は、宇宙開発の現状における問題点と、将来における画期的な解決策を語る、文字通り「宇宙に架ける」壮大な夢の入門書である。この本を読んでいて、私は、長らく夢見ることを怠っていた自分を恥じた。
 読み出して、平易でわかりやすい滑らかな文章と、所々に引用される公式と計算、図表のわかりやすいこと、SF小説よりクリアーに「軌道エレベータ」の概念とイメージが伝わってくる。良質な科学エッセイを読むときに感じる、あの透明感のある知的興奮が思わずわき上がって嬉しくなった。難しいことを易しく語るこの種の技術と才能は、もっと高く評価されていいような気がする。
 内容は、大きく三つの柱によって構成されている。第一章「軌道エレベータ登場す」では、現段階における宇宙開発の難題、ロケットの燃料問題を提示、その難題をクリアするための画期的なアイディアとして、どのようにして「軌道エレベータ」のアイディアが提唱されてきたか、時系列を辿ってアイデアが練り上げられてきた過程を語ることによって、自然に軌道エレベータのことが分かる構成と記述が素晴らしい。一つ一つのアイディアが宇宙物理学の検証に耐えるられるかどうか、公式や計算をつかってチェックしながら話が進むので、ページをめくるたびに少しずつ賢くなったような気がする不思議な読み味が気に入った。
 第二章は、壮大な宇宙に架けるエレベータを支える基本的な技術の検証。素材と建築技術とメンテナンス、この本全体で、この章が一番読み応えがあり、教えられることが多かった。以前に興味を持って調べたことがあるナノテクノロジーがこんなところでも生きるのかという思いがした。カーボンナノチューブ、これが軌道エレベータにとってのキーテクノロジーだった。画期的な技術を紹介されて、果たして奮しない大人がいるだろうか。
 第三章は、軌道エレベータのアイディアと技術の延長線上に見えてくる、さらなる宇宙開発技術の新発想、新構想の紹介、ここまでくると内容はどうしても夢の領域を突き抜けてハードSFの世界に突入してしまうような気がした。ここまで来ると夢のそのまた夢という気がして、軽く読んでしまった。
 本書の最後に「軌道エレベータ」SF作品リストが付録としてついているが、これがまた素晴らしい力作、軌道エレベータのアイディアがノンフィクション、小説、コミック、映画、TV、ビデオソフト、ゲームなどの世界にどの程度の広がりをもって受け入れられているかよく分かる一覧表。「おわりに」を読むと、11年前の97年頃は、軌道エレベータに関する本はこれ1冊しかなかったらしい。今では何冊か出ている。時代は進んでいるのだろうか。それとも夢を語る人が増えただけなのだろうか。
 本書の目次を引用しよう。

第1章 軌道エレベータ登場す!
1.1 ロケツトには限界がある
(1)燃料費が大変だ
(2)燃焼による環境破壊も問題だ
1.2 それは極端に細長い人工衛星だ!
(1)脱出速度と静止衛星の話
(2)そこでいよいよ軌道エレベータだ!
(3)エレベータ・カーとエネルギー回収の原理
(4)噴射なしの地球重力圈脱出
(5)横に寝てしまわないだろうか?
1.3 軌道エレベータの起源とSF界への進出
(1) 神話と伝説と「創世記」
(2)宇宙工学の始祖ツィオルコフスキーの構想
(3)軌道エレベータ登場す-アルツターノフの構想
(4)そのほかの提唱者
(5)クラーク『楽園の泉』
第2章 軌道エレベータのテクノロジー
2.1 どんな材料が必要か?
(1)材料に求められるきびしい条件
(2)破断長とは何か?
(3)テーパ構造で解決できる!
(4)結晶鉱物とホイスカー
(5)金属水素とポジトロニウム
(6) 夢の新素材? カーボンナノチューブ
2.2 どんな方法で建造するのか?
(1)建造の段取りを考えよう
(2) 豊富な資源の供給源としての小惑星
(3)小惑星の成分とは?
(4)小惑星の捕獲方法
2.3 どうやって安定させるのか?
(1) いよいよ建設だ
(2)どこに構築するのか?
(3)宇宙のネックレス
第3章 軌道エレベータの新展開
3.1 地球以外の惑星ではどうなるのか?
(1) 各感星の静止軌道を調べよう
(2)火星の軌道エレベーダの利点
3.2 月と地球を結ぶ方法がある!
(1) ラグランジュ
(2)月面用軌道エレベータ(L1エレベータ)
3.3 静止軌道をもちいないアイディア
(1) 非同期軌道型エレベータ
(2)奇想天外なORS(軌道リングシステム)
(3)ORSの発展型
おわりに
参考文献
付録:「軌道エレベータ」SF作品リスト
索引

 もしかすると、多くの方にとって古くなって手垢にまみれたアイディアなのかもしれないが、きちんとした科学的検証を踏まえて、かくもわかりやすく夢を伝えてくれる良書はそんなに多くはない。宇宙が好きでまだお読みになっていらっしゃらないなら、是非お勧めしたい。上質な良い夢が見られることを保証します。
 Wikipediaにかなり詳しい軌道エレベータの記述があります。興味がわいた方は、まず次のURLをクリックしてみてください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8C%E9%81%93%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%BF



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