武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『ミレニアム2―火と戯れる女上下』 スティーグ・ラーソン著 ヘレンハルメ美穂、山田美明訳 (発行早川書房2009/4/2)


 ミステリィ作家森博嗣さんの「ミステリィ工作室」という随筆集を読んでいたら、<ミステリィにおける法則集>という題のアフォリズム集の中で面白いフレーズを見つけた。曰く、「●探偵が頭脳明晰なのではない、他のキャラクタが馬鹿なだけだ。」、凡庸なミステリィを読み終わって、同じ感想を何度も抱いたことがあるので、全面的に同感できた。この尺度を、ミレニアムに当てはめてみるとどうなるか。
 いよいよ物語の主人公として、登場の機会も多くなり、特異な性格形成の原因につながるリスベットの余りにも過酷な幼少女時代が明かされる本巻では、<他のキャラクタ>の布陣もほぼ出そろってくる。何人かは敵役に馬鹿なキャラクタが出てこない訳ではないが、大きく彼女の人生に立ちふさがる旧ソ連のスパイにして犯罪組織の黒幕ザラ、サイボーグのような殺し屋ニーダーマンなどは、少なくとも<馬鹿なだけ>ではすまない悪役としてのギラギラした造形がしっかりとできあがっている。敵役の完成度が高いミステリィには、面白い作品が多い。従って、このミレニアム2の物語も、ぐいぐいと読者を引っ張る推進力が漲っていて素晴らしい。
 もう少し、主人公リスベット・サランデルについて気付いたことを拾ってみよう。
①第1巻で読者の心をしっかりとつかみ取った謎の女、リスベット・サランデルの過酷な生い立ちの秘密が本書の鍵、というよりも全3巻を読んだうえでの理解では、この長大な物語の中核になっていると言っていい。社会主義崩壊前の冷戦構造が抱えていた負の遺産、防諜システムの現代社会における暴走現象が、この物語の枠組みを形作っている。スウェーデンの現代事件史からの引用が多いのは偶然ではない。
②従って、リスベット・サランデルを物語ると言うことは、20世紀後半から21世紀初頭にかけての北欧の現代史を、エンターテイメントの糖衣にくるんで開示することに他ならない。時代を背景に、物語を作るとは、こういうことなんだという感慨をもち、リスベット・サランデルの幼少女期が余りにも過酷に設定されたのには、そんな理由があったのだろうと納得しながら読んだ。ミレニアムという題名にもそんな理由が読み取れるのではないか。
 物語の展開の面白さのレベルは、この2巻目は第1巻を上回るのではないか。リスベットを渦巻きの中心にして、敵は敵同士結びつき結束を固め連携を取り合い強くなる。味方もリスベットの軌跡の所々から起き上がり集まってきて、たくさんの登場人物達がうごめきあい、混戦模様を呈してスピード感もありなかなか目が離せない。見事なストーリーテリングである。もう新作が読めないとは何とも哀しい。ご冥福を祈りたい。
 この物語は、リスベットという核を中心にして膨張し、雪だるまのよう膨らみ巨大化していったというのが、制作過程だったのだろう。従って、1巻の上から順番に読み進んでいくのが一番楽しめる読み方だ。リスベットが大人として自分を確立する教養小説としての調べが背後に太く流れているのも嬉しい。名作と呼ばれるようになる物語には、成長物語の要素が含まれていることが多い。